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風の槍 -第1部(伊賀殲滅の巻)-

天正の頃。
 伊賀の国では守護領主不在のまま在地の小領主が割拠し、国衆として連合支配を行っていた。(戦国大名辞典より)
 世に言う伊賀の忍者群である。その内の一人、忍びを束ねる頭領の一人に、世に名高い服部半蔵と名乗る男がいた。
その手下の一人に「小僧」と半蔵から呼ばれている若者がいる。
 服部八十一(やそ)と言う。齢十九。
 身体と顔の均衡が異様である。身の丈は五尺足らずで当時としてもいかにも小さいが胸板厚く、手足も太い、太すぎる。 並の人の二倍以上ある。普段は大き目の衣服をまとってその太さをかくしている。
 顔は小振りで鼻筋も通り、目が丸く大きい。
 手にはいつも背丈ほどの棒を持っている。仕込み杖である。途中に切れ込みがあり、そこを払うと細身の槍があらわれる。人の身体を貫くのがいかにも造作ないと思わせる鋭さであるが、鞘を払わねばただの汚い棒である。
 作ったのは、「やそ」の実の祖父三乃丞で、「やそ」の家では代々この棒槍が武器である。 もう一つ、「やそ」の家にはいつも二頭の犬がいる。小型よりはやや大きく中型よりは小さい「またぎ犬」とよばれ、猪猟の追い犬としてつかわれている。黒の虎毛。家の者以外には決してなつかない。吠え声も出さない。
 家の者には忠実で、意をよく汲み、連れ歩くときには黙っていても「やそ」の脇に添って歩く。よその犬とはめったに喧嘩はしないがあまりに五月蝿いと大きな犬でも一咬みで音を上げさせる。素早い身ごなしで喉笛を咬むのである。
 歯が鋭い。そのはずである。じい様が一頭一頭の歯を目立て鑢で研いでいるのである。解っている村衆は不用意に近づいたりしない、ましてや手などを出したりは決してしない。
 「やそ」が犬二頭を脇に従え細い獣道のような林道を歩いている。素早い足の運び、人の走る速度にちかい。
 小半刻前に柘植川沿いにある半蔵屋敷にいた。半蔵より用をいいつかった。
 「やそ」の他に三人。
 「やそ」達は半蔵の屋敷内では若衆と呼ばれ、「やそ」を合わせて十人若衆とも呼ばれている。幼少時に各村より半蔵自らが選りすぐり、親たちに承諾させて屋敷内で修練させた。英才教育である。
 「やそ」が十歳ぐらいの時には子供達は三十人程もいたが、気が付くと十人になっていた。
 修行は厳しかった。毎日二十町は走る。一里走るときもある。走ることが基本である。
 木に何度ものぼる。川で泳ぐ。厳冬期の氷つくような水のなかに半刻も入っていると最初は身体は凍え、頭が真っ白になり意識を失うが慣れて来ると案外平気にもなってくる。
 力をつける為と、持久力を養う為に、重い石を縄で縛って持ち歩く。
 地形を利用して、誰もが、やればやれそうなことどもを、夏も冬もかかさず毎日繰り返し繰り返し訓練することで、躯が順応する。距離を延ばし時間を延ばし重さを増やす。
 その他にも、個々の子供の特徴に合わせて別の鍛錬がある。
 「やそ」には、半蔵屋敷に出張ってきたじい様から棒槍と犬使いを教わる。いわゆるお家芸の伝承である。半蔵がその、いちいちを子細に検分し、じい様に指図する。
 「やそ」は泣かない子であった。聞き分けの早い子であった。腹(胃腸)の強い子でもあった。
 十六歳の時に半蔵より、仕上がったといわれ、屋敷内での修行が終わった。
 それからが他国修行である。
 「やそ」は三河へ回され、その頃、松平(徳川)の将になっていた父、服部中(あたる)の下に入った。実戦教育である。「やそ」は戦さ働きでも目ざましい働きをした。
 とにかく動きが早い、目にも止まらぬという言葉通り、人の通常の早い動きのそのまた倍の動き方をするのである。横の動き、跳ぶ、伏せるが、「やそ」の飼っている犬のように早く、そして力強い。
 戦さの折など、「やそ」は一直線に走っているように見える、通り過ぎた後に相手方の戦人が倒れている。まるで野分の疾風が、一筋刷いていったように。
 徳川の陣中ではいつからかそれを、服部の風の槍と呼び、畏怖した。しかし、「やそ」の父「あたる」はその評判を嫌って、極力「やそ」を人前に出さぬようにした。半蔵とじい様からくれぐれもいいつかっていたからである。
 「やそ」は半蔵の手であり、足であり、云うならば、半蔵そのものであるとおもえ。
 「「やそ」を殺すな、傷つけるな。三年で伊賀へ戻せ」と。
 伊賀の者は組織で動いている。縦割りの組織図があり、単純に上中下と決めてある。
服部あたるは上忍であり、徳川方には伊賀党五十人を連れて入りその宰領をまかされている。
 だが息子、「やそ」の扱いは別であった「やそ」達若衆は半蔵直属の士であり、命を下すのは半蔵自らが行った。
 「やそ」は歩いている、信楽の方向、新田村に向かっている。峠にかかり、視ると太い欅の根本に人影がうずくまっている。今日の御用の相方である若衆の喜一とおもわれる。
 二頭の犬の動きでもそれと知れた。
 大きな男である。立ち上がって、「やそ」と向き合うと、「やそ」の頭の先がやっとその男の胸あたりにくる。顔も、「やそ」の倍近くある。
 二人は言葉を交わさない、目でうなずき合っただけである。
 手筈で、甚兵衛様と呼ばれるこの仕事の頭と、もう一人。同じ若衆の「ひさし」が先行している筈である。
 半蔵の命はこうであった。
新田に橋本という家がある。伊賀藤林党の中忍である。
 三人の兄弟がいて、上がこう助、もとす、とし三とつづく。
 この兄弟が先日、服部党が所領する「さなぐ」の村に入り、当主の新作と嫁を殺し、米を盗り、十六になる娘をさらっていったと言う。伊賀は有力郷士が治める国であった。
 代表する衆に服部党、藤林党、百地党がある。もとより、寄り合いがあり、取り決めがある。約定も取り交わしてある。
 半蔵は 藤林党の時の頭領元介に二度書面を送り橋本の処分と娘を即刻帰すよう申し入れたが元介はその事実を二度とも否定した。
 しかも半蔵に、くどいとも言った。半蔵は侮られたのである。
 元介は暗愚で横着な頭領との世評であった。次弟の長門は賢明な宰領との評判であったが、今は戦さ働きに出かけていて、留守にしていた。藤林の主だった者達も長門に随身していて、半蔵が抗議するに足る人物が見あたらなかった。
 それでも半蔵は長門の布陣する京都郊外、松永氏のもとへ一応の書面を送る労は厭わなかった。書面には、事と次第を説明し、橋本兄弟三人は半蔵がかってに処分する。元介がそのこと気にいらねば藤林と戦さする覚悟であるとした。
 娘の身が不憫ゆえ、そこもとの返事はまたぬ、とも書いた。
 すぐにも行動するという意味である。
 甚兵衛、「やそ」、喜一、ひさしを前にして、半蔵は云う。
 「小僧。働け。三人の息の音を止めろ。逆らって来る者があればかまわぬ、皆殺せ。」
 「やそ」達にとっては、始めての直接の主命であった。半蔵の怒りが伝わってきた。「やそ」は震えた、鳥肌が立った、血が昇ってくるのがわかった。日頃、「やそ」達には優しい半蔵である。酒をふるまい、共に悪ふざけをし、珍奇な菓子があれば与えてくれた。
 「はい」と三人。
 子の刻、新田の橋本の屋敷はしずまっていた、裏に回ると甚兵衛が用意した縄ばしごが土塀に掛けられていた。
 喜一を昇らせ、「やそ」が降り立つと、「ひさしが待っていた」
 手筈通りだ、「ひさし」は背は喜一と同じ程、六尺を越えるが、細身である。
 ひさしは二刀を腰に差していた、働きをするときのひさしの拵えだ。
 一刀は太造りの剛刀で、もう一刀は極端に薄く、長い剃刀のごとくであった。
 打ち合えば簡単に折れるが、この刀を長い腕を利し、一瞬の居合いに使う。
 相手の喉を横に裂くのである。早い。
「やそ」も、試し切りの際目にしたが、その早さと鋭い切り口に寒気をおぼえた。
 喜一が支度をしている。
 手首から肘のあたりまで、両の腕に手甲を巻いていた。鉄製の誂えもので、これで、刀を払う。払うと同時に胸に飛び込み、目をつぶす、頭をくだく、時には持ち前の怪力で首を折る。
 いま、この屋敷には五人いるという。兄弟の他に橋本に召し抱えられている下忍が二人。
 女のか細い泣き声が聞こえてきた。起きているらしい。
 石つぶてが喜一の前に落ちた、甚兵衛の合図。
 三名は這うような姿勢で、しかも早足で、音もなく動いた。
 甚兵衛が樹に添って待っていた。
 一人一人の耳に口を寄せて下知が下り、喜一とひさしが離れにむかった。下忍の寝間である。
 「やそ」も向かった、甚兵衛に教えられた奥の間に、兄弟の一人が寝んでいるという。
 廊下の軋む音をきらって、慎重に歩く。部屋には灯りがない。
 障子戸に竹筒の油を注ぎ、しばらく待つ、音もなく障子を開ける。
 布団に近づき、かがんで寝顔を視る。わずかに酒の匂いがした、眠っている。
 油断である。躊躇なく、口を押さえ、同時に布団を剥ぎ、棒槍を胸に突き刺す。
 頭を持ち上げようとするのを押さえ込むと両足が暴れた。
 腹の上に馬乗りになって待つうち、相手の体から力の抜けていくのが解った。
 いましばらく待ち、心臓の鼓動を確かめてから、棒槍を抜くと、布団をかぶせて部屋をでた。
 甚兵衛の待つ木の根に戻って脇に屈んだ。
 甚兵衛は一瞬、「やそ」の目を視て、うなずいた。
 離れに向かった二人を待つつもりだ。
 さらさらっと、草ずれの音がして二人が戻ってきた。甚兵衛にうなずいた。
 ひさしの顔が月あかりに青白くみえた。
甚兵衛が指図するまでもなく、前の部屋から人の笑い声がして、甚兵衛が動いた。三人が従う。
 縁の下でまず屈みこみ中の気配を読む。四人は同時に跳び、障子を開けて一気に跳び込んだ。
 「やそ」の目にまず飛び込んできたのは、組み敷かれた女の白い太股であった。同時に二人の男が視野に入った。
 一人は着物を腰のあたりまでまくり上げ褐色の尻をさらけだして、女の股の間に入っている。もう一人は女の頭の方にまわり女の両の手を押さえていた。
 「やそ」が走り、ひさしが走った。
 女の上に乗っている男が「やそ」に振り向き
 「なに奴」
 野太い声で叫んだ。
 瞬間、「やそ」の手槍が首筋を貫いた。そのまま槍を持ち上げ、男を女から引き剥がし、一回転させ布団の裾の方ござの敷かれたあたりへ頭を叩きつけた。
 同時に走ったひさしが、もう一人の男が声を挙げようと口を開けたその下の喉を横に裂いた。
 それでも男は血を吹き出しながら立ち上がり、跳びかかってきた。
 その頭に喜一の鉄の手甲を付けた腕が打ち下ろされた。
 男は素裸の女の上に覆い被さるように倒れ。女の悲鳴がつんざくようにひびきわたった。
 喜一が男の襟首をつかみ引き上げる。
 男は口を開け唇を痙攣させ血を吹き出し、こときれようとしていた。
 甚兵衛が「やそ」の刺した男の左胸に止めを刺した。
 「よし」
 甚兵衛が云った。
 ひさしがしゃくり上げるように嗚咽する女の背を立たせ、いつの間にか取り出した真白な晒しで、肩や胸のあたりについた血を、ていねいに拭い、着物を羽織ってやった。
 「おまえは、さなぐの新作の子「ふく」と申すか」
 「はい」
 ふるえ声で女がうなずいた。
 「屋敷までおぶってやれ」
 喜一に命じた。
 屋敷につくと、半蔵が待っていた。
 「娘は女衆に渡して、面倒をみてもらえ」
 甚兵衛にいいつけ。
 「小僧らは座敷にこい。腹がへったであろう、酒も飲め、話が聞きたい」
 半蔵は瓢箪に入った濁り酒を四名に注いで回った。
 「ご苦労であった、あらましは甚兵衛に聞いた」
 と云い、ひさしの身体に鼻をつけるようにして、
 「血腥いのう、あとでひと泳ぎしてこい」
 「どうだ、怖ろしかったか」
 笑い顔でひさしに問うた。
 ひさしは半蔵の目を視、おもいだす様子で間をおいてから
 「夢中でしたが、始まりは少しばかり怖ろしいとおもいました」
 ゆっくりとした調子でものを云った。
 半蔵は、「やそ」に視線を転じ。
 「小僧は」
 と云った。
 「やそ」は顔を上げ、しばらくしてから、
 「はい」とうなずいた。
 「喜一、おまえは」と質した、
 喜一はにやりと笑い、首を横に振った。
 半蔵は云う。
 「この先、藤林の元介は必ずや何かを仕掛けてくる。油断するでない、いまよりは戦の覚悟で過ごせ」と
 半蔵屋敷は、夜半であるにもかかわらず人の気配が濃く満ちていた。
  小半刻ほどして、「やそ」は屋敷を辞してきた、酒がまわり身体がほてっている。「やそ」の帰る家は、叔母の家である。八重と言う。
 「やそ」の父、あたるの弟の嫁であったが嫁いで半年ほどで叔父は戦働きで死んだ、「やそ」の母がそれを不憫がり、後も、「やそ」の家に留め置いた。
 母は、「やそ」が十歳のころ患って亡くなった。その死の床で、八重に「やそ」の養育を頼みこんだ。
 以来、「やそ」とじい様の面倒をみている。
 「やそ」の家から一里ほど登った、開いた山の中に、じい様が新家を建て、そこから毎朝、「やそ」達のめしやせんたくをしつらえてくれていた。
 大柄で強い足腰。無口な働き者であった。身よりがないせいか、「やそ」やじい様に注ぐ情は、肉親以上であった。
 「やそ」の家には、畑はあるが田圃はない。半蔵屋敷からの扶持で暮らしている。充分であった。暮らしに困ったことは一度もなかった。
 八重の年は四十を少し超えたとこ。
 「やそ」と八重は、「やそ」が十六歳のとき、戦働きに出る前の日に関係ができた。
 帰ってきてそれからは夫婦同然のかたちとなった。
 じい様も回りの衆も黙認している。
 「やそ」達のような若衆は伊賀者のなかでも特別視されていて、いつ何処で死んでも報らせは届かず墓に名をいれることも禁じられている。
 一歩家を出たときは死を覚悟せよと教えられている。したがって里にいるときは。とくに気侭にすごす。余程の横着をしない限りは、なにをしても、だれもが大目にみる。頭領の半蔵でさえ。
 その八重の家である。
 柴垣に添っていくとじい様が拵えた形ばかりの門があり、閂をはずして入る。
 戸を二つ叩いて待つ。足を摺る音がして。
 「だれぞっ」
 「おう」と応える。
 考える間が少しあって、
 「「やそ」、かい」と柔しげな八重の声。
 「おう」
 また「やそ」が云う。
 しんばり棒をはずす音がして、戸があいた。
 「お屋敷のご用は終えたんかい」
 寝間着のむねのあたりに右手をおいて八重が云う。
 ぬっと、土間に入ると。
 「湯があるよって、身体を拭けばいい」
 いいつつ湯を満たした桶と手拭いを手早く用意した。
 「犬達は、屋敷で腹いっぱい食うてきたよって、水でんやって」
 二頭の犬はなじんだ自分の場所があって、そこに蹲る。
 板間に上がり、「やそ」が帯を解きかかると、後ろに廻り着物を脱がせ、しぼった布で、身体を拭いだした。下帯もはずし、丸裸で、八重の手にまかせている。胸と腕に血が着いていた。八重は黙って、しかし、力を込めてこそぐように、何度もすすいでは拭ってくれている。
 いつのまにか、「やそ」の陰茎が怒張していた。「やそ」はそれを意識した。胸の鼓動が高鳴っていた。
 八重は、なにもいわず、怒張したそれを左手で握り、わずかに力をこめた。
 「やそ」は目を閉じ、頭を八重の胸に預けた。
 はだけて、視える大きな盛り上がった胸乳の間に鼻を埋めると、わずかに、汗と、懐かしいような女のにおいがした。
 八重は、一度、頭をやさしくかき抱き、頭をはずしながら。
 「湯ずけを食うかい。酒もすこしあるよって」
 いいつつ、用意してあったねまきを「やそ」にまきつけた。
 「屋敷で、ご馳走よばれたけんど、ほんま、また腹がへってきたわ」
 用意する間、ごろりと横になり、目をつむった。さきほどの突っ張りは消えていた。
 今日のご用の始終が順繰りに浮かんできた。
 喜一に頭をつぶされた橋本の弟の顔が浮かんだ。まん丸に見開いた目。痙攣している唇。流れる血。「やそ」は両手の指を、力いっぱい握り締めていることに気ずき、あわてて目を開けた。
 「あたいもすこし飲もうかいね」
 膳を広げながら云い、つぼを取り、濁り酒を湯呑み茶碗につぎわけた。
 「屋敷で、ひさしや喜一と大分飲んだけんど、のぼせとってどんな味しとったんか忘れてしもうた。腹も減ってきたし」
 座りなおして、茶碗の酒を半分ほど飲んだ。
 とろりとして甘酸っぱい酒の味を知った。
 「うまいわい。沁みいるようじゃわ」
 八重は笑い。自分も茶碗に口をつけた。
 二人で壷のあらかたを飲んでしまい。「やそ」は眠くなってきた。
 八重は、気づいて。
 「「やそ」もう、寝ろ。ほれ」
 いうと、立ち上がり、「やそ」の両脇に手をいれ、なんなく立たせると、寝間に向かった。
 片づけを終わらせ寝間を覗くと、うっすらと鼾が聞こえてきた。そのまま、隣のふとんに入り、「やそ」の顔をすかし見ると。鼾がやんだ。
 「やそ」が八重のふとんに潜り込んできた。
 胸に手をいれ豊かすぎるほど、こんもりとまるく盛り上がった乳房にのせた。
 なじんだ弾力がつたわってきた。
 八重は「やそ」の頭をかき抱き、あたかも赤児に乳を含ませるように、はだけた胸におしあてる。
 「やそ」は八重の帯をほどくと、ねまきを両脇にわけた。
 太り肉のしかし、起伏のある女の素裸を見ながら、自らも丸裸になった。
 突っ張ってくるのを意識した。そのままそっとおおいかぶさり、首を抱いた。
 八重の手が、「やそ」の肩から背中をやさしく撫でさする。
 するりと八重に入った。
 八重の両腕に力がこもった。
 手と足で「やそ」を包み込む。
 二人は声もなく。抱き抱かれたまま、ときをすごした。
 いきなり、「やそ」にたかまりがきて、弾けるように放出した。
 (身体の芯がぬけたようにおもえた)
 ほとんど全体重を八重にあずけて、そのまま「やそ」は眠ろうとしていた。八重の手が背をやさしく上下するのを感じていた。
 四半刻ほどしてから「やそ」は目覚めた。酒と疲れで急激にきた眠気に負けたのだ。
 目の前に八重の豊かな胸乳があった。
 八重に添うように、横むきに自分の身体があった。
 頭が八重の二の腕にのっていた。八重に抱かれてねむったらしい。二人ともいまだ素裸だった。
 八重のくさむらに手をおき指をあそばせると中は濡れていた。それまで眠っていたはずの八重がそれで目覚め、「やそ」の頬に頬をあてた。
 「やそ」のものに手をおき怒張をたしかめると。八重は起きあがり、「やそ」にのしかかった。
 ものを自分に入れると、大きな尻をゆっくりと上下させる。
 何度も何度も。
 「やそ」は先程の眠りで充分回復していた。
 酔いは少しはのこっていたが身体中に力がみなぎっている気がした。
 八重の思うままにあわせる気持ちになった。八重の尻に両手をあて、律動に合わせた。
 八重の動きが早くなってきた。大きく突きあげると、高く声を上げる。
 上下いれかわり、八重の高まりに合わせてやさしく抜き差しを繰り返す。
 八重が身悶えし、おこりのように身体をふるわして、「やそ」にしがみついてきた。
 「やそ」は気兼ねなく放出した。
 三日ほどたった朝、犬達の毛づくろいをしていると、半蔵屋敷から使いがきた。
 すぐ来いという。
 仕度をし、犬達をひき連れ屋敷にはいると戦さ装束の人数が満ちていた。
 「やそ」は若衆のたまりの間に急いでむかった。
 若衆達が勢揃いしている。久しぶりにみる顔達があった。
 そこに、於丸と呼ばれる若衆がいた。都に住むという眉目麗しい公家の娘がさもあろうといった風情の、妖しいばかりの美少年である。
 於丸の表だった技は吹き矢であった。毒吹き矢である。
 於丸の家は代々毒役であって。様々な毒に精通するといわれている。
 於丸の吹き矢には草木から採った強い猛毒が仕込まれていて。首筋にでも打ち込まれれば一瞬にこときれるとの評判であった。
 美しい姿形と猛毒との取り合わせが一層恐怖心を増幅させる。
 於丸が「やそ」にわらいかける、あどけないとろけるような笑顔である。
 「やそ」より二つ年少で、童の頃より寝起きを共にした兄弟そのものの間柄であり、「やそ」を慕っている。
 「「やそ」さま、お変わりなく、一層たくましゅうおなりで、於丸も心強くおもいます」
 「なんのなんの、そなたも、これまた美しく、わしなんど、心がどきどきいたすわ」
 「「やそ」さま、からかいなさらんと、三河でのいろいろ、話して聞かせてください」
 雑談をはずませていると、甚兵衛が入ってきた。
 「そなた方も、もはや聞き知っているとおもうが、藤林の元介の一党に不穏な動きがある。半蔵様より、下知があるよってよく聞いておけ。」
 車座になった若衆達のはずれの方から立ち上がった者がいた。
 いつの間に来たのか半蔵である。いたずらである。
 半蔵は笑い顔でいう。
 「この度の騒動、おまえ達の役目は格別ない。「やそ」の犬と於丸で事足りる。あとの者は甚兵衛につき従って、山にでも入って見物しておればよい」
 「もとより、藤林の党は一人びとりの忍び働きにさほど秀でた者はいない。藤林の得意は衆を束ねての動きにある。戦の折、輩が槍ふすまを創って闘うさまは、秋の空をいく渡りの鳥のように頭の指示のまま、変幻自在、地ならしのごと戦場をまかり通る。見事なものよ」
 半蔵は想い出すかのように目を上にあげ、感嘆していう。
 「しかしのう、安堵いたしておれ」
 にやりと笑い。
 「元介方が、たとえ何人こようとわしが皆殺しにしてくれる。わしを侮った報いは必ずとってもらうわい」
 半蔵の頭にあるこの度の戦術は鉄砲使いにある。
 以前から全国に配置した服部党に指令して、鉄砲と弾薬の買い付けを行っていた。
 現在、屋敷には百丁の鉄砲があるという。
 打っても打ってもつきぬほどの弾薬もしまわれてあった。
 気狂いしたかと思われるほどの蒐集である。それを使うという。甚兵衛が聞かされていた。
 藤林の人数によって、五十丁から百丁の鉄砲が用意されているという。
 「やそ」と於丸が残された。
 他の者は、甚兵衛に従い、藤林方の先乗りの間者に備えて、里を取り囲む山の中へ配置されたはずである。
 於丸が、こと平様の肩を揉みしだいている。
 こと平とは、半蔵のいわば軍師である。
 四十歳を過ぎたとこ、五十歳に至っていないはずであるのに、真っ白な髪。やせこけた手足、瞼が垂れ、眠っているかのごとくの顔、どうみても七十すぎの老人。頭脳は明晰である。
 しゃべりかたに特徴があり。ぼそぼそとつぶやくように語る。よく耳をこらしていないと、念仏唱和のごとくで、意味がよく汲みとれない、気短な半蔵がよく癇癪をおこしている。もっと確かにしゃべれというのである。
 こと平はいくら叱られても一向に平気で、事の次第や、先の先まで考え考えしながらしゃべると、こうなる。
 という。
 半蔵のほうが折れ、こと平の口のそばに耳をおく癖になった。何かことがあると呼び出し、一部始終を聞かせ、分析させ、展開させ、意見を述べさせるのが通例になっていた。
 「こと平様、この度の争いはいかがなものでございましょうか」
 頭を垂れ、眠っているかのごとくの痩せた背にむけて於丸が聞いた。
 しばらくの間をおいて。
 「於丸にも気になるかや」
 といい
 「そなたのやさしい指で肩をさすってもらうとほんまーに気持ちがいいのう。おら家の女房どのよりうんと情がこもっとって、姿もいいし、ほんまに交代してほしいわい」
 「此度のことはなんも心配ない。小僧と於丸がちと働けばすぐ終わる。気がかりなのは長門じゃな、奴めは戦慣れしておる。追いつめんことじゃ。本気でかかってくるとちとうるさい。いまは松永方について戦場に出掛けとるよって、呼んでもすぐにこれんじゃろうが、こじれでもしようなら出張ってこにゃあならん。ちょっとでも早うけりつけて、くわしい顛末をかきおくってやらにゃあ長門も困るだろうよ」
 半蔵がぬーと入ってきた。
 口元を引き締め、目を細めて俯いている。手には竹に鹿皮を巻き付けた馬鞭を持っている。
 こと平の前にすわると鞭で茣蓙を一度びしっと打った。
 「見張りの者から報らせがきた。元介が動く。五十名を数えたという」
 奴めが屋敷を出た途端に仕掛けたいとこじゃが、今度はわしは鉄砲を試したい。奴めが陣型を組んで得意の様になったとこで始める」
 「そんじゃ、そうしましょうかい」
 ながい間をおいてからこと平がのんびりという。
 「陣の指揮はあなた様がとられますかい」
 「そうだ。今度ばかりは、わしにやらせろ」
 「とんぼ原がよろしいでしょう。あそこは地も堅いし、藤林も存分に働けましょうから、異なやはなかろうかと。伏せる人数はあなた様の随意に」
 「わかった。差配いたせ。鉄砲は五十丁。いまだ手慣れぬ連中ゆえ三段につかう。奴めらの背にまわしておけ。大幟の合図で狙い撃たせよ。松波公二朗の槍隊には手出しせぬようにとようく言い聞かせておけ」
 「小僧。そなたは於丸と犬を連れて元介一人を殺れ。戦場がどうなっていようと考えるな、元介に隙があればいつなりとかまわぬすぐに掛かれ」
 藤林の屋敷にも武装した人数が満ちていた。ざっと五十人。
 その内際だって長い槍を持った人数が半数もいる。藤林党が自慢にしている長槍隊だ。長槍のあいだあいだに短槍を加え、穂先を揃えて下知のまま、自在に陣型を変えながら錐もみのごとく突き進む。
 元介の野太い怒声が屋敷中に響いた。
 「ぐちゃぐちゃいうな。半蔵ごとき、わしが腕で雑巾のごとひねり殺してみせるぞ。わしが愛しい橋本のとし三をよくも無惨に殺してくれた。この仇をとらにゃぁわしは夜も眠れんがや」
 大兵肥満。相撲取りのごとくの巨体で元介が吠える。
 「悔しい気持ちはようく判り申す。今更細かいことどもはなにも申しますまい。ただ長門様よりの返事がまだ届いておりません。この度は百人からの人数が動く大事の戦ゆえ、長門様のお覚悟を聞かせていただいてからにしとうございます」
 「わかっておる。したが、藤林の頭はこの元介じゃ。わしが決する。もう待てぬ、よく聞け。明日の明け方、半蔵の屋敷に一気に走る。奴等も間諜をはなっておるゆえむざむざ屋敷で待ってはおらぬはず、衆を寄せてこようから途中の戦になろう。陽のある内の戦事はわれらの望むところ、存分に串刺しにいたせ」
 とんぼ原である。
 薄が伸び、萩が繁り、ぼうぼうたる草原に服部党の人数が鉄砲を抱えて潜む。
 夜もようよう白み始めた頃、小高い丘の木の間から白い小旗が打ち振られた。
 陣羽織を着て立つ武士の手が、脇で片膝立ちで鉄砲を構える士の肩を軽く抑えた。同じ仕草が伝播され、乱れていた隊の形が制御された。
 一列が三十名。人一人分の間隔をおいて並ぶ。二列目がすぐ後ろに三十名。三列目が二十名。いずれも片膝立ちで待つ。
 ざっざっ、という乱れた集団の足音が聞こえてきた。
 公二朗が率いる槍隊の二十名が前へ進みでて整列した。囮である。
 待つことしばし、原のはるか薮のきれめから黒装束の集団が折からの朝日に穂先を煌めかせて急ぎ足で近ずく。
 「そこな人数に、もの申す。我らは服部党の者なり、戦支度で駆けくるはなにゆえじゃ。われらに用あらば承ろうぞ、早々にもの申せ」
 大音声で公二朗が呼ばう
 「おうさ、われらは藤林の者なり、その方らの何某が我らの一族、橋本の三兄弟を手に掛けたは明白である。その者らをここに引き出し謝罪いたさばよし、われらも勘考いたそうぞ、さもなくば、槍先揃えて、その方らはもとより服部につながるものら全て串刺しにいたす所存なり。何某、返答いたせ」
 「笑止なり、藤林。此処に及んでつべこべ申すな。そなたらの槍ぶすま見事服部に通じるか試して見ろよ」
 喊声が上がり横に展開した藤林の槍隊が早足で走り出す。
 一町ほどに近づいたとき迎え打つべき隊列をなしていた服部党の槍部隊が恰も幕を開くかのように真ん中から割れて引いた。
 すざましい鉄砲の一斉射撃の音が轟いた。一瞬の間であった。
 半数ほどがはや斃れ、前へ駆け出すもの、地に伏すもの、呆然と立ち尽くすもの。
 元介と取り囲む面々に声はなかった。
 「引けい、引けい」
 一時の間をおいて叫べど、応ずる人の姿がなかった。
 憤怒に耐えかね、口を一文字にむすび、悪寒がきた如く身を震わす元介を周りの者が引きずるように樹間へと誘う。
 黒い塊が元介の肩に落ちてきた。
 と思った。
 犬であった。
 気づいた一人が短槍を犬の胴に突き刺し。引き剥がすと。元介の首筋から血が吹き出した。
 晒し綿を取り出し手あてを施そうと元介に寄ると、様子が変である。目を見開き、大口を開けて蟹のごとく泡を吹き出している。視ると喉元に三寸ほどの針のついた吹き矢が深々と突き刺さっていた。盛んに痙攣している。
 陽が沈み、原に人かげが絶えた。
 先ほどまで服部党の手で死人のかたづけが行われていた。息のあるものは手当をし、逃げる者は追ってはならぬとの達しがあり、しかし、厳重な警戒が藤林の屋敷の周りになされていた。
 薮の中にうずくまる人かげがあった。「やそ」である。硬直した犬の骸を撫でさすっている。やがて持ってきた藁つっぽの中へ横たえ、肩にかついだ。
 「疾風が死によった。立派にお役目を果たして死によった」
 平静をよそおった声音で八重に告げる。
 八重は黙って頷いている。
 「埋めるよって鍬をだしてん」
 「あたいがやるよって、あんたは躯ぬぐって、飯でも食っててや」
 「一人も死なんかった。服部のもんはたった一人も死なんかったは。怖いもんや鉄砲は」
 帰ってきて戸締まりをしている八重に向けて語りかける。
 「聞こえてきたぞ、ここにも。雷のごとどろどろと、怖ろしくて、すくんでおったわ」
 「酒でも出そうかいのう、あしたはご用はないんやろ」
 「報らせがあるまで来んでもよい、といわれたぞ。藤林の長門が帰ってこようから、そん時まで用はなさそうじゃ」
 八重が床に入ると武者振りつくように挑んできた。
 若いはちきれんばかりの勢いが、息づかいからも、動きからも感じられた。
 ことが終わり、汗を拭う間もなく、寝息を立てだした。
  八重にとってはわが子であり、いまでは男でもある「やそ」が愛おしくて、このまま身の内へ入れてしまいたいと思えた。「やそ」の身体がびくっとふるえた。
 しこりのような筋肉を撫でてやる。
 股に手をやると濡れたまま縮んでいた。丁寧に拭ってやる。鼾をかきだした。
 長門が来るという。
 共の者二人を従え、悠々と屋敷の門を入ってきた。
 元介とは似ても似つかぬ、すらりとした長身で、武芸者のごとく髪を総髪にし、月代もきれいに剃り、陽に焼けた顔。
 「この度のこと、何も申すつもりはありません。元介という名の者は、藤林党に始めから居り申さぬと一同が了解いたしました。なにとぞ半蔵兄もその意をお汲みいただき、この先もこれまで通りの伊賀者同士のつきあいを願い申す」
 半蔵の前に両手をつき平伏した。
 「長門よ。面を上げよそなたがそういうならば、わしに異なやはない。同じ伊賀者同士助けあっていかにゃあならんはあたり前のこと。そなたも存知おろうが、わしが仕える徳川の殿がいわっしゃるには、織田方の動きがいかにも不穏だという。この伊賀が気にかかるらしくて、その内、力押ししそうな雲ゆきとか。聞いておらぬかや」
 当時、織田信長は比叡山を攻め。紀州の雑賀党を滅ぼし、伊勢に養子に出した織田信雄を大将にして伊賀攻めを企図していた。
 「はい、そのことでございます。織田は大きくなりました。天下をわが物にしたい動きです。わしが去年まで陣借りせし松永の陣も危ういものとの噂。意に添わぬ者等は虫のごとく踏みつぶされます。伊賀の頭衆は半蔵兄の他は昔から主を持たぬ働き人。主に従う生活に慣れておりませぬ。今更、織田に付いた甲賀衆の後塵を踏むのも気のすすまぬもの。そこで、半蔵兄に願い申す。藤林はこの伊賀に残って成りゆきに任せる者と、どこぞ働きに出る者とおりまする。半蔵兄に付いて徳川に行きたいと申し出る者がいたら、なにとぞよしなにお計らい願いまする」
 「うん。よくいうた長門。わし等とて同じこと、この伊賀に残せしもの等も居ろうと思うゆえ、うんと気がかりじゃわ、わし等は徳川で働くによって、表だって織田に刃向かうわけにゃいかんが、わし等を虫のごと踏みつぶす気ならば、面白い、ひと泡もふた泡もふかせてみせようぞ。そんときは長門。百地等とわしん衆の残りし者等の面倒を頼み申すわ」
 酒がふるまわれた、「やそ」達十人の若衆もよばれ、長門に引き合わされた。
 「長門よ。この者等は服部党のいづれも手練れの若衆連じゃ。こ奴らは皆この里に置いていくよってにそなたのいい様に使えばよいぞ。ひとりびとりの顔など視といてくれい」
 「やそ」は長門の前に進み出で居ずまいを正して、酒を注いだ。長門は茶碗で受けながら、鋭い一瞥を「やそ」に与えた。
 「そなたが、中殿の一子、八十一と申すかや」
 「はい」
 「あたる殿には其処此処の戦場で世話になっており申す。八十一と云う名の子が、伊賀に居りしと聴いておる。そなたの顔をみて解り申した。面差しがあたる殿にそっくりじゃで。これはまた頼もしくおなりで半蔵兄もさぞかし心強きことじゃろう」
 いいつつ、ただならぬ、「やそ」の姿形を、興味ありげに観察した。
 十人の若衆がつぎつぎに入れ替わり、長門に目通りを願った。
 ひさし、喜一、於丸、通称三猿と呼ばれる三人が揃って前に進み出た。
 僅かな背丈の差で、大猿の伍平。中猿の徳助。小猿の千蔵。つづいて、早足の一之丞。 黒子とも墨とも通称される、目立って肌の色が黒い公三。
 三猿の誰よりも猿によく似た、皺しわの顔つきで皆から皺ん坊とも呼ばれる与助。
 十人若衆全員が長門と酒を汲み交わした。いづれも一目で異能の者と知れる輩達であった。
 長門が伴なってきた二人が黙然と姿勢を正して座している。
 双子のようにみえるがそうではない、よくみると。顔立ちは違っている、同じ衣服を纏い。背格好も一緒。それに衣服こそ違えてあるが、少し離れると長門ともそっくり似ている。話に聞く長門の影武者と察せられる。
 「於丸よ、笛を吹け」
 と半蔵が余興にとでも思ったのか。命じた。
 「はいっ」
 於丸が、懐から錦織りの笛袋を取り出し、よく拭われて艶やかにひかる一管の小振りの横笛を口にあてた。
 一丈の音が洩れた。
 冬まじかの乾いた空気の中を澄んだ笛の音が広がっていく。
 優しげで哀しげで儚げな音が韻々と流れ。耳傾ける者の胸に切に沁みいる。
 於丸の笛は泣かせの笛であった。
 聞く者みな言葉にはならぬ儚げなことどもを想い、懐かしみつのらせる。
 女人は涙し、男どもは黙す。笛の音が伝える哀しみの韻から逃れる術はない。
 女人はいつしか音を奏でる笛の主である於丸を愛し、触れたいと思い触れられたいと思う。
 男もまた。
 膳所丸という於丸の祖父のお仕込みといわれる。
 あどけ無い笑顔をみせ一礼した。
 半蔵がいう。
 「いつもながら見事じゃのう、於丸。久方振りにに聞く音に涙したわい」
 長門も笑顔で頷いている。
 於丸の潜めた毒を知ってか知らずか。
 彼方此方で行われている合戦の模様が伊賀の里にももたらされる。
 半蔵も手勢を引き連れ徳川方に参戦しにいった。
 出掛ける前日に若衆達を呼び寄せ、一人一人に手づから、なにがしかの銭を与え、云った。
 「戦で、死ぬな。生きておれ、そなた等がいくら強うても数には勝てぬ。山に入りては、そなた等の足にかなう者はおらぬ。逃げろ、逃げて戦え。時に応じて、ましらの如く、猪のごとく、日頃覚えし技を存分に使うてみよ。幾万の敵を相手にそなた等の動くさまが目に浮かぶようじゃわ」
 「やそ」達は戦仕度にはいった。
 山の中に分け入り、仮小屋を設け何日も泊まれる分の保存食や薪を運ぶ。
 遠く鈴鹿の山にまで入り、手分けして数十カ所も設けた。
 織田信長が大きな勢力で威を振るい、国を制覇していく模様がこと細かに諜者から報らされる。
 里はいまだ静かではあるが留守を預かる甚兵衛が設けた情報網に、さかんに他国の者の姿が入った。
 天正六年秋。
 名張のあたりに密かに砦を築く者がありしと百知党から報らせがはいった。
 伊勢の勢力、滝川の某である。
 長門に付いて探ると夥しい数の兵士が集まっていた。寄せ集まった伊賀衆二千に対してざっと五千人以上。
 漆黒の闇夜である。風もある。
 先を行く公三、与助、三猿。少し遅れて五人を守る役で「やそ」、喜一、ひさしが展開して追う。
 特に夜目のきく公三が先導して木々の間を縫うように走る。
 火篝に集う見張り番の士を避け、築きかけのの砦に油をかけいっきに燃やす策である。火を合図に百知、藤林党が突き入る。
 火を放った、風に煽られむき出しの木材が類焼していく。あちこちで火柱が立つ。
 人騒ぎがして、槍を手にした人数が慌ただしく走り回る。その内の幾人もが突然闇から突き出る刃や槍で血に染まる。
 絶叫。喚き声。あたりは大騒ぎになった。
 別の方角から衆が発する轟くような大音声が湧いた。
 伊賀組の攻撃が始まった。
 不意を付かれ纏まる間もなく浮き足立つ滝川の兵士は、統率され鍛えられた伊賀組の槍隊に追いつめられ、逃げまどうばかり。
 蹂躙は夜が白むまでつづいた。
 伊賀の乱のはじまりである。
 滝川三郎兵衛を将とする戦は半年あまりつづいてその間、軍勢を組んでの表だった戦いは二度ほどであったという。
 追捕に向い行軍する兵士は突然に襲い来る衆に備えて気のぬけるいとまがなかった。気がつくと兵の数が減っていた。
 滝川は逃げた。
 命からがら逃げて織田信雄に訴えた。
 信雄は怒ったという。
 たかだか二・三千の土豪の寄せ集まりに戦闘の専門集団が負けて逃げ帰って来たのである。
 一万五千人の軍勢を作り伊賀の野山を取り囲んだ。
 各地で小競り合いがつづいた。
 が、勝ったと思える瞬間が持てないのである。
 怒涛のようにぶつかり合い、戦闘は始まるのだが、僅かばかりの骸を残して、敵の姿が消えている。仕様事なし引き上げようとすれば、横腹から、背後から、一団が駆け抜けていく。
 朝に昼に夜にそれはつづいた。
 各所に配置した部隊から同じ報告がもたらされる。二・三千のはずの伊賀衆が五千人にも六千人にもおもえた。時が経てばたつほど信雄方の人数が減っていく。
 名張から伊賀に向かう途上に小高い高原が広がっている。その裾野に藤林長門が兵五百を引き連れ布陣した。百地丹波、服部党の岡田甚兵衛、その他総勢千人。
 対する織田方の将は信雄の家老をつとめる宿納惟清と名乗る伊勢の士が率いる二千。
 何処となく兵士の動きが緩慢である。
 訳があった。二日前から彼らは一睡もしていないのである。夜半になると陣所に突然銅鑼が打ち鳴らされ、法螺貝が吹かれ、火があちこちから投げ込まれ、犬が数頭狂ったように駆けめぐる。兵に紛れた何者かが刃を振るい、槍で突く。その騒動が二日つづいた。
 戦いは鉄砲のうちかけから始まった。
 伊勢方は鉄砲の数ではるかに圧倒していた。信長が堺の鉄砲鍛冶に造らせた先込め式の鉄砲が二百丁、得意の三段打ちが隙もなく伊賀衆を竦ませる。はずであった、伊勢方のだれもがそう思っていた。
 伊賀衆は横二尺縦四尺の堅木で作った楯を隙間なく並べ、身を潜ませる。
 ドンドンと音ばかり大きくして、弾がみな下に落ちるばかり。
 せいぜい楯を僅かに凹ませる程度だった。
 甚兵衛の五十丁の鉄砲を楯の間々から打ちかけながらそのままじりじり前に進んでくる。 双方間近にせまり、頃あいをみはらかって、満を侍していた長門の長槍隊二百が四列縦隊で三方から、二段で伊勢方に突きいった。
 草原を吹き抜けていく風のごと、方向を変え隊形を変え戸惑い逃げまどう伊勢方を薙ぎ倒していく。
 長門が一斉攻撃の指示をする。剽悍に飛びかかる伊賀衆。
 一刻あまり、怒号が飛び交い血が飛んだ。兵士一人一人の勢いに差があり過ぎる、伊勢方は四散した。
 この戦を機に信雄は引き上げを命じた。圧倒的な負けを意識した。
 安土城にいる信長に報らせがもたらされた。信長はわが子の不始末に地団駄踏んでくやしがった。
 「伊賀に息つく者あれば息を止めよ、建つものがあれば全て燃やせ」
 ただちに各将に指示がいった。信長に躊躇はなかった。延暦寺を焼いた時ほどの迷いもなかった。
 伊賀掃討に差し向けた軍勢は五万人ともいわれる。
 天正九年秋。伊賀の里を五万の軍勢が囲んだ。
 多く見積もってもたかだか五千人の伊賀衆である。織田方全軍が攻撃をしかけても闘うべき相手の姿がみあたらない。
 織田軍は見境なく人であればみな殺した。寺に入り怯えてかたまる百姓姿の女、年寄り、子供を目にしながら火を掛け、逃げる者あらば刺し殺した。
 家という家は焼き、小屋さえも焼いた。野に伏し山に潜みし者も探しだしその場で刺した。戦ではなかった。
 殺戮である。鎌さえ持たぬ人を二人、三人で突いて回る。
 伊賀衆はかなわぬと知れても逃げなかった。百人、二百人と集まりては十倍の織田方に挑んだ。
 伊賀の里に人影が絶えた。家が消えた。
 阿山郡大山田、喰代のあたり。
 杭を打ち、縄めぐらし、幔幕で囲んだ陣所があった。
 篝火のまわりに兵士の影が浮かぶ。そのすぐ脇の長くのびた薄の穂に隠れるようにして人の姿があった。
 数えると六人、「やそ」達である。
 三猿、ひさし、公三。
 喰代の百地砦に伊賀衆が集っていると聞いた。
 長門や丹波、甚兵衛も。そこに向かう。いま、伊賀の地で唯一伊賀衆の居る場所であった。
 砦の掘割に対峙してずらりと織田方の陣所のあかりが取り囲んでいる。「やそ」達は恐れる風もなく脇をすり抜け、ものの陰で裸になり、油紙で衣服を包むと、掘割に入り、水にもぐった。
 月が影になったあたりの石垣に取り付く。手に吸盤があるかの如くするするっと、苦もなくてっぺんの逆茂木にかかり、中に落ちた。
 砦の中は明々と篝火が焚かれ人が満ちていた。談笑する者、握り飯をほうばる者、い眠る者。木の陰から見知った顔を探し
 「誰それよう」
 と声をかけ、驚く顔に甚兵衛への案内を頼んだ。
 座敷に通されると、燭台を前に十人程の者が居並んでいた。
 「よう来たのう、八十一よ」
 長門がいい、隣に並ぶ同じ年格好、背格好の士に顔を向け
 「丹波よ、この者があたる殿の一子、八十一よ」
 「ほうかい、そなた等が話に聞く服部党の若衆かい。それはよう来たわ、湯づけなと喰ろうて休んでくれい。外は織田の衆でちとうるさいがな、朝昼と鉄砲ばかり打ちよって、ちっとも掛かって来んよ。夜さりはこんなに静かなもんだしのう」
 のんびりと丹波がいう。
 甚兵衛が笑顔で聞く
 「ひさし、外の織田の衆はなんぼ程居るかいのう」
 「さあ、わしの頭では数えきれません。周り中、人ばっかりで見当もつきません」
 長門が笑っていう
 「伊賀に散っていた織田の衆がみな喰代に来とるというからざっと三万はおるじゃろのう、怖ろしいのう、伊賀の衆はこの砦にいる者が全部じゃで、ほんの千人もおるかいのう」
 「やそ」が砦に着陣してから早や一月余りたった。その間一度だけ、織田方は総攻撃の気配をみせた。
 全軍が鬨の声をあげ。矢玉を打ち掛け、掘割に突入し垂直にしつらえた石垣に取り付いた。
 伊賀衆もさすがに緊張した。
 矢玉や石、火藁を投げ長槍、刺す股で応戦した。ほとんどの伊賀衆は死ぬことを覚悟したという。まさに必死の闘いであった。
 が、織田勢の攻撃が止まった。
 怪訝な思いで掘割を覗くと水に浮かびし死人の全てが織田勢であった。
 数百体が水に漂っていた。
 攻撃すべき後続の隊が怯んだのである。下知すれど兵は動かず。
 眼前で繰り広げられた一方的な狙い撃ちに兵の足が竦んでしまったのである。指揮をとる将の思惑では、あと二度程突撃を繰り返せば、玉は尽き、砦への突入が可能であった。 はずである。
 以来、攻撃はない。
 「織田勢も意気地がないのう、兵糧攻めのつもりかいのう」
 と甚兵衛がいう。
 「ここの兵糧もあと一月は持つまい、そのうちに、夜さりにでも門を開けて皆でいちどきに斬って出にゃあならん。運さへよけりゃあどこぞかの寝床にでももぐりこめようかいのう」丹波がいう
 見張り番の者が息せききって告げる。
 掘割の向こうから、大音声で叫ぶ者がいる。百知丹波を出せという。
 逆茂木から顔を覗かし、丹波が
 「おうい、わしが丹波じゃ、主はなんぞ用でもあるんかい」
 「拙者は、信雄が臣、稲葉某と申す。話たき儀があり、開門願いたい」
 「そうかい、あいわかった、しばらく待っとれやい」あっさりといい。橋を降ろさせ門を開けた。共の者三人を従え入門し、名乗り合った後
 「我らは困っており申す。此度の戦はあまりにも多勢に無勢、この成りが天下に知らされれば織田の恥、安土の信長さまに叱られ申すは必定。一同勘考いたした末。伊賀の衆にはここから退散していただこうと虫のよい考えを致しました。いかがで御座ろうか」
 丹波、長門、甚兵衛の三者は顔を見合わせ、丹波が応える
 「腹を割って申そうのう、わし等の糧米も底がみえてきましてな、此の分では、早うに打ってでにゃならんと、相談しとったとこでした。まあ、ここに篭った衆はもとより死ぬんは覚悟の上、戦花をどう見事に咲かそうかと、そんな腹ですよ。稲葉殿がそう言ってくれるんなら、渡りに船のことわざ通り、異なやはあり申さぬ。五日ほどの猶予を下されればわれらは、雲を霞と消え去りましょうに」
 「われらの意、お汲みいただき、かたじけのうござる。五日の猶予といわず、十日ほども考えていましたゆえ、充分にお支度くだされい。
 われ等は伊賀衆の目にふれぬよう脇にどいておりまするゆえ。間のいつなりと開けわたし下さればよかろうぞ。
 使者が帰り、その旨が伊賀衆全員に告げられた。
 ただ、戦の常としてどんな計らいがあるやも知れぬゆえ、その日まで油断してはならぬと言い添えた。
 「やそ」達が呼ばれた、偵察へいってくれと云う。
 織田の真意を探って貰いたい、計略でもあって、それにうかうかと乗ってしまっては伊賀衆の末代までもの恥になるゆえくれぐれも織田の動きを読みとってもらいたい。
 夜に溶けいった黒装束の影が三つ、僅かな月明かりの下ですべるように動いている。
 織田の内に潜めた伊賀の者より情報がもたらされた。織田方のほとんどが一里四方脇に退き、砦の明け渡しを待っているという。
 ただ、信雄の臣で勇猛で知られる、薄田三郎なる将が手勢二千を率いて砦から出た伊賀衆を取り囲んで討つべく、密かに伏せているとの報があった。
 百地砦から二町ほど北へ向かったあたりに土地の者が狸山とあだ名する、小高い丘があった。
 その丘の反対斜面にはたして人数が満ちていた。
 幔幕を中にして鉄砲、槍を手にした足軽、与力衆が其処此処にたむろしている。
 闇の中より突然、絶叫が起こり、怒号が飛び交い、人騒ぎの声が広がっていく。
 幔幕の中で居眠っていたらしい人影がむっくりと立ち上がり。
 「このさわぎ、何事であるかぁ、だれか申せ」
 早くも槍を手にし、仁王立ちに構えた精悍な顔付きの男が怒鳴る。
 「詳しいことは、いま調べに出て居りますればしばしの猶予を、何者かが陣所に忍よったとの報がありますれば、あるいはそんなことかとおもわれます」
 不審番と思われる小姓が告げる。
 「大方、そんなとこだろうよ、取り逃がすでないぞ、砦にでも知らされたらちと五月蝿い、人数を繰り出してひっ捕らえて来い」
 いつの間にか脇に来た武士に向かって下知する。
 篝火に薪が足され、火明かりが乱れた。だれもがそこに目を遣った一瞬の間であった。 闇の中から一筋の青い光が流れた。
 と思えた。
 槍を杖にしてどっしり立ち、睨みを聞かしている武将の背に、その光が届いた、とみるまに光は背を抜け左胸に突き抜けた。
 突き出たのは細身の槍の穂であった。将は
 「あっ」
 と声を上げ、後ろを振り向いた、時をおかず喉元から鮮血が吹き上がった。
 黒い影のかたまりが旋風になって幔幕の中に吹き荒れ、影は消えた。
 後には十人の斃れし人の姿が残された。
 刀を抜くいとまも与えられず、胸を貫かれし者、喉を裂かれし者、腹を破られ内蔵を垂らして這いずる者もいた。
 明け方、早足で遠ざかっていく一団があり、樹の上の叉の間からそれを見送る三人の姿があった。
 「やそ」、ひさし、公三はむっつりと押し黙ったまま、砦の正門に向かっていく。
 見張りの衆に合図を送り、降ろされた橋を悠々と渡り、門をくぐった。
 「やそ」は甚兵衛に始終を語った。
 長門が目をつぶり頷いている。
 百地丹波が長い沈黙を破って静かに語り始めた。
 「お三方、ご苦労でした。これで、わしの腹も決まり申した。今日の夜半に砦をひき払うべく、皆に告げるといたそうぞ。身の回りの支度はすでに出来てい申すなれど、誰とどこへ落ちて行くのかを一方一方に聞いて手配致しておかねばならぬのう。わしはひとまず、甲賀を越えた関の津のあたりに身内の者が居りしに、そこに落ち着く。百地の党の者も他の衆も来たければ来ればよし。一旦は山に散らばり、日を過ごしてからぼつぼつ集まることにいたそう。わしは、この伊賀を死人の里にした信長の「たわけ」が、どうにもゆるせんのでのう、いずれは大津にでも入って安土城の男とさしちがえたろうかと勘考しとるよ。長門と甚兵衛殿はいかがなさるかいのう」
 「はっはぁ、丹波よ、面白いのう、わしも力貸しいたそうゆえ、いつでもいうてくれ。わしとこの藤林の党はのう、鈴鹿の山にでも入って山賊になろうかて言うとる。この戦が始まるまえに、いくつも小屋掛けしといたによって、眠る場所はあるよ。織田の武者狩りが仕舞うまで、猪でも兎でも狩って生きのびるさ。鈴鹿の山に手強い山賊がおるとでも聞いたら、わし方の衆とでも思うてくれ」
 「わたくし共は、徳川に付いておりまする半蔵様のもとへ参ります。他の方々もそんな気がおありならば口添えいたしますゆえお申し出下さい。半蔵様より何人なりとも引き受ける旨のお指図をもはや頂いておりますれば気兼ねのうお申し出下されい」
 夜半、先駆けの者達が振る松明の合図で、砦の門が開き、整然と人が吐き出されていった。
 閉じられた門扉に夜目にも白い大布が貼られ、墨黒々と一文が大書されてあった
  
もののふが 黙りこくって飲む酒は
         美味しくもあり 美味しくもなし  百地丹波
 

低い峰々が連綿と続く養老山地の中央部に「こもり」と通称される小さな集落がある。木を切り出し、乾かし、小切りにしたあと、くり抜いて臼にしたり、鉢や碗に仕立てる、木地師と呼ばれる人達の集落である。
 遠い昔に、何かの事情で伊賀から流れてきた者達が此処に落ち着き、いつのまにか木地師として生計を立てるようになったという。
 街道から遠くはずれ、行き交う人もない、隠れ里のような集落であった。
 こもりの村長の名が服部幸之進という。
 「やそ」の祖父三乃丞の実の弟であった。
 村のはずれにひときわ大きな屋敷がある。
 根の太い丁寧に刈り込まれた槙の木の生け垣でぐるりを囲み、年月を偲ばせる重厚な田舎家である。
 幸之進が十九のとき縁戚であった此処に養子に入り、住まっている。
 伊賀から落ち、長門と別れた後、ここ「こもり」に忍んできた「やそ」の姿があった。
 じい様と幸之進を前にして、うなだれ、声細く、目にした伊賀の様を「やそ」が語った。
 「伊賀は滅せられました。話すのもはばかられる程の非道の仕儀があい行われ、残りしもの皆うなだれております。坊さまも畦の人も匠の人もおなごも童でさえも出会えば皆見境いなく斬り殺され、なんとか散りじりに逃げた者の数は半数にも満たぬとおもわれます。屍るいるい、織田の殺生は極まりました。伊賀が余程憎さげでござったかと思います」
 と、はなしを結んだ。
 大叔父の幸之進が
 「おいおいっ」
 声を上げて泣く。童であった昔を想いだし、野山や川で、ともに遊びし、あ奴もこ奴もが、
 「いまは居ないのかい、もういないのかい」と。
 じい様は目を閉じ、口を一文字に固く結んで、言葉を発しようとしなかった。
 「やそ」は屋敷内にある離れ家へむかった。
 じい様を伴って疎開してきた八重が待っている。
 暗い土間に入って視ると、僅かな明かりを灯した燭台の脇に端座して目を凝らしている八重がいた。その姿を捉えただけで、「やそ」は気持ちが和んでくる。
「さっき着いてのう、母屋に挨拶してきたわ」
 といって、八重の顔を伺うと、目をいっぱいに見開いて、涙をこらえるに懸命な様子で、口を固く引き結んで「やそ」を凝視しているばかり。
 「やそ」は笑って、傍に寄り、その大きな肩を抱いてやると、力いっぱい「やそ」の背中をかき抱き声を殺して嗚咽する。
 「どこも怪我はないのかい。大丈夫かい」
 「伊賀の衆は皆死に絶えたとの噂が流れてきてのう、わしはいてもたってもおれず、伊賀に戻って、お前の消息を確かめにいくつもりやった。お前が死んどったら、わしとて生きとうはないから大川に身を投げようかとおもうとったは」
 鼻水をすすりあげながら八重がいう。
 「伊賀の衆が死に絶えたとはほんまのことじゃぞ、儂とこと、長門さま、丹波さまのとこがほんの少しばかり残っただけじゃわ」
 母屋から届いた心配りの白酒を飲みながら、伊賀の修羅場をかいつまんで語った。
 残酷にならぬようにと、できるだけさらりと聞けるようにと話してきかせた。
 気丈な八重ではあったが肩をふるわせて泣くばかり。
 幸之進の屋敷内には作業場が設けられてあり、二十人ほどの職人が忙しく立ち働く。
 ただしここは木製品ではなく、皮を扱っている。
 鞣した鹿皮に染め付けをし、漆で細かく点描で紋様を描いていく、印伝と呼ばれる皮細工物である。
 代々の熟練した職人が巾着や印籠袋、注文誂えの刀の柄袋等を創る。
 これらは作れば作っただけいくらでも売れた。
 幸之進の印伝には工夫があって、皮の段階で香木の「匂い」を何日も焚き込め、染め汁にもうっすらと香を足しいつまでも匂いの残るようにと工夫した。
 都では「こもり」の匂い印伝として人気があり、よく売れた。
 しかし、幸之進は大量製作を嫌い、職人達にゆっくりと丁寧に創れと指導した。
 年に二回。木製品と近在から集めた手工芸品とを一緒に大八車十台にぎっしり乗せて出荷する。
 人足が大八車一台に二人あて、それに護衛がつく。
 下克上の風潮がいまだ続いている。
 落人が山にこもりいつしか徒党を組んでは村々を襲う、旅人を襲う。役人達との鼬ごっこが其処此処の地で行われ、財産を持つものは自らで守らねばならない。
 幸之進も伊賀の者である、情報の収集はお手のもの、街道沿いの人々の集散には熟知している。有力な土豪には渡りをつけ盟約をとりつけてある。
 それでも何が起こるか判らない時代であった。
 幸之進が離れへ訪ろうて来た。
 「こないな田舎で退屈してませんかな。欲しげなものがあればなんなりとねだりなされや、服部の若衆連は、伊賀の血筋に繋がる者らにとってはいつでも誉れでありますからな。ここも伊賀と思って、気随に過ごされよ。半蔵様の許へは使いを走らせて届けておきましたからな」
 「大叔父殿には何から何まで差配をいただき、ありがとうございます。ここの里はまったく伊賀に居る如く気を許して日暮らししておりまするよ。わたしになんぞ出来ることがあれば遠慮のう命じてくだされませ」
 「いやいや、儂ごときが、甥とは申せ、服部の手慣れに心易う事を命じることはできませんがな。実はのう、そなたも存知おりしと思うが、わしとこで拵えし品物や各所から集めし品々を都へ出荷しなねばならぬ時期になり申してな。いつもなら、そなたの連れの喜一が弟の「次助」の宰領で無事にすましてきましたがな、此度はちと不穏な動きがあちこちに起こっていましてな、特に伊吹の山に巣喰っているという賊党が気がかりなのじゃよ。どうせ、どこぞかの戦働きのこぼれ者じゃろうが、昼日中から街道に現れ、旅人から金品をまきあげ、逆らえばその場で殺める仕儀が横行するとか。関所役人が人数を揃えて何度も山狩りをしたそうだがそのときは雲を霞と消え、一向に埒が明かぬらしい。次助方もよく働いてもろうてますが、今度はどうもこのじじいの虫が騒いでのう、半蔵様にもことわりをいれましてな、そなたの力を借りるべく申しいれもうした」
 「それはそれは、ご念のいったことで、それで、半蔵様の返書にはどう書かれてありましたかいな」
 「半蔵様にはそなたが達者だったのがよほどうれしかったらしゅうてのう「中」殿、甚兵衛殿、手許の若衆連を集めて酒をふるまったそうだよ。この「こもり」のことも伊賀同様におもうておると申されてな、そなたと相談してよきようにはからえとの返事でした。それに、ちかじか、早足の一之丞と与助なる仁が御用で西に上るゆえ、その者等も共に使えとのありがたきお申し出もありましたわ」
 「ほう、一之丞と与助が来ますか。それは心強いことです。二人は次助とも幼馴染みですから、話も通りやすいし。お引き受けいたしましょう。二人が参りましたら、次助を交えて語らってみましょうか」
 朝、いまだ明け切らぬはずの時刻に表戸をそっと叩く音がする。
 「やそ」が気づき八重を起こす。
 いぶかしみつつ八重が表戸を開けると、二人の男がぬっと立っていた。
 襤褸衣をまとい、饅頭笠をかむった雲水姿の一人。
 脚絆を巻き荷を背負い、長旅をする旅商人がさもあろうといういでたちのもう一人。
 八重は視ただけでさすがに何者であるかを察し「やそ」を呼ぼうと振り向くと、もうそこに、「やそ」が来ていた。
 「一之丞、与助」
 「「やそ」ー」
 互いに呼び合い、しばし顔を見合わせる。目の奥を覗き、五体の無事を瞬時に確かめると、破顔一笑。童のように、躯を寄せ、ぶつけあい、大声で笑う。
 見守る八重も微笑んでいる。
 「こんな早う、寝もせんと走ってきたんかい」
 「「やそ」に逢えるんやいうて、一之丞奴が夜通し飛ばすによって、儂はもうへとへとやわ、道みち喰ろうた干し飯では腹も保たんし、目がまわる。「やそ」よ、なんぞ喰わしてくれや」皺しわの顔に真っ白な歯を光らせて、笑顔で与助がいう。
 「違うんぞ、「やそ」」
 と一之丞も笑いながら
 「与助に合わせよう思うて抑えて歩く俺をどんどん追い抜いていくんやわ、それでしょうことなしに早歩きになってしもうて、ここまで来たんさ」
 「うんうん、そうかい。まあええ、飯でん食らうて少し休めばええ」
 夕方、幸之進の座敷に、呼ばれた三人が入っていくと、小綺麗な袷を着て、膳を前に酒をすすっている大柄な若者が座っていた。
 (次助だな)と「やそ」は悟った。
 (喜一によう似とる)
 「おう、おう、そろいましたな。こんな山家でたいしたものなどなにもありませんが、丁度、伊勢からの荷が届きましてな、海の物が少し混じっておりましたもんで、食べていただこうおもうて」
 幸之進が如才なく三人を座らせ酒を注ぐ。
 「それに、次助を合わせとこうおもいましてな。若衆連の喜一さんのふたつ違いの弟でな小さなじぶんからこっち方に来とるんさ」
 次助の方を視ると、幾分緊張した面立ちで目を伏せ、こっくりと頭を下げ、
 「兄さん方には遠くお呼びもしませんが、並よりは働きまするよって何なりと申しつけ下さりませ」
 と低く、一語一語ゆっくりとした口調で挨拶した。
「次助かいのう、似とるよのう喜一に、喜一よりひとまわり大きいようおもえる」
 と一の丞。
 「喜一はいま、半蔵様についとるに、此処へ来るゆうたら、次助に持ってってくれゆうて預かりもん頼まれたぞ、なんでもお前家の母様の形見じゃいうとったぞ」
 と片時も離さず持ち歩いている長い葛篭から油紙に包まれた一振りの懐剣と手紙を取り出し、手渡した。
 次助は渡された懐剣を瞬きもせず、しばしの間、睨み付けるように視た後、懐に壊れ物を扱うようにしまった。
 するするっと、皺ん坊の与助が次助の膳の前に座り酒の入った徳利を差し出すと。
 「飲めばいい、儂も飲む、皆も飲め」
 明るい調子でいい。次助の茶碗に注いだ。
 「次助よう、伊吹の山に野党がおると聞いたが、仰山おるのかいね」
 と「やそ」。
 「はい、人を使わして聴き質してはおりますが、確かにはわからんのです。ある者は十人といい、ある者は百人といいます。幾人もの旅人が殺められ、金品が盗られたとの風聞が流れてきます」
 「その者等は、新参の盗賊やとおもうぞ。伊吹山のあたりは甲賀の衆が薬草採りにいつも入っている場所やから、そんな輩らが集うておれば甲賀の衆に遊ばれて散々の目におうてるはずやから。まあ、放っておけば、いつか居なくなるんやけどなあ」
 と一之丞。
 「そんな悠長な。もうすぐにでも雪が降るよってに。一日でも早よう荷運びせなゃあ今年の商いになりませんよ。商いをして、みんなに手当をして、笑おうて年越しが出来るよう、儂らは計らわにゃなりませんからね」
 「そう、むきにならんと、幸之進叔父よ、二、三日したらば儂らぁが様子をみてくるによってに、心配せんでもええぞ。どの山のどこに隠れていようとも、与助の犬のような鼻が、すぐに輩の有り様を探ってきましょうから。それから子細を検討いたしましょうか」と「やそ」。
 「はははぁ、年甲斐もなく声が高こうなりましたか。面目ない。毎日、このことばかり考えておりましてな、つい声高になりもうしたわ。荷運びのことは、皆様と次助におまかせいたしますよってに、よきようにお計らいください」
 夜更けても三人は座敷に居座っている。
 笑いがあった。越しかたの楽しかったことどもを思い起こしてはじゃれあっている。若者らしい屈託のないひとときであった。
 二度とないかもしれない、そんな思いが去来して、わざとのように笑いあっていた。
 そして
 「「やそ」よう、いまから儂らぁいくぞ、酔いざましに伊吹の山を歩いてくるわ」
 「寝もせんと、このままかい」
 「おおよ、眠うなったら、どこぞで寝るさ」
 「そうかい」
 唐突であった。が、それが彼らの動きかたであった。
 並の人々の意表を突くこと。日常のほんの些細なことどもであっても、ひらめきがあれば即座に動く。
 身体の髄まで染み込んだ伊賀者若衆連の行動哲学である。
 三日目の夜更け、虫が知らした如く戸を開けて待っている「やそ」のはなれへ悠々と二人が入ってきた。
 にっと、笑いかけて一之丞がいう
 「不用心な奴めらじゃわ、昨日の夜さり隠れ家を突きとめてな、山家暮らしのだれぞの屋敷をねぐらにしとるんじゃ。二十人は下らんじゃろうが三十はおらんと見たな」
 与助がいう
 「どこぞの合戦の落人か逃げ人のようだった。武者姿が二人ほど、あとは荒くれの戦稼ぎの体よな。大鉈と長槍、鉄砲は見んかったぞ。寄せ集まりの衆よ、みんなぁ好きに動いとるわ」
 かいいつまんではなし、
 「まあ、あんな雑兵づれでも数をたのんで取り囲めば、旅の人々は逃げなゃならんさね」
 「どうぞね、ここの荷運びを襲うてくるんやか」
 と「やそ」。
 「五分のとこやね」
 と一之丞
 「あしたの朝、次助と幸之進さまを交えて考案しようかい。今日はもう寝ろ」
 出立の朝、身支度をする「やそ」。どこぞで野宿になったも、凍えないようにと八重が丁寧に縫い上げた鹿の皮の股引と胴衣を身につけ、上に鎖帷子を纏う。
 ゆったりと仕立てた木綿の袷。左の腕一面に鉄片を薄く延ばした、刀払いをつける。腰に長刀一本、いつもの仕込み棒を持って、できあがり。
 八重を視ると、睨み付けるように、見返してきた。ひとつ頷き、
 「行くわ」
 与助と一之丞は手筈通り夜中のうちに出立し野党の動きと共にし、逆行することになっていた。
 晩秋の山道を十台の大八車がゆっくりと進む。
 一台あて二人の人夫、それに次助が率いる五人の衛士。
 それらを先導するように少し離れて、「やそ」が歩いている。
 物見遊山でもある如くふくろ手をしてぶらぶら歩く。
 関ヶ原街道に出て米原、彦根。安土を右にみて、草津、大津のはずれから山科に入る。 普段はなんでもない、並の人が早足で歩けば二日の距離でもある。
 街道は人の往来が頻繁であった。
 こんな表街道に、しかも昼の日中に野党が出没しようとは誰もが考えにくいところであった。
 関ヶ原を越え、米原への間あたりにさしかかったとき、ふわっと山の陰から湧いてきたかのように人の姿が、「やそ」に近づいた。
 一之丞である。
 「今、二十人ほどの人数がここへ向かっている、用心いたせ」
 と告げると、山陰へまた消えていった。
 次助を呼び寄せ「半刻のうちに襲うてくる、こころするように皆に伝えよ、決して狼狽えるな、お前かたと儂かたで何とでもいたすによって。自分の身だけを護るようにと申せ」
 「やそ」は、いままで通りにのんびりと歩を進める。
 与助と一之丞は何処かに身を隠しているはず。与助は得意な仕掛け弓を持っていった。 石弓から思いつき、半蔵が伊賀の大工に作らせた弓である。
 小振りな半月弓に十文字の形で堅木の支柱を取りつけ引き絞った蔓を止める。
 矢を支柱に掘った溝に添わせてしかけ、止め木をはずすと矢が飛ぶ。
 与助は五、六十間離れた的をばあやまたず射抜く。
 木立の間から、わらわらと一団が現れい出た。
 ひときわ大柄な黒い胴覆いを着けた男が、大音声で叫ぶ。
 「われらは、松永何某の家中の者である、去る日の合戦において武運つたなく敗戦の憂き目にあった。今一度心ある者が集い再興をはかるために奔走中である。軍備を整うにあたり、不本意ではあるがその方らの荷を拝借したい。逆らう者あれば容赦なく切り捨てる、逃げる者は追わぬによって、言うを聞け」
 と叫んでいる途中であった。
 喉元あたりから鮮血が鯨の潮吹きの如く噴出した。
 何事かと一団の者らが見やる。
 深々と一本の矢が首を貫いていた。
 同じとき、横合いから黒い影のように走ってくる人があった。
 一之丞である。懐から手いっぱいの玉を取り出し投げつける。
 もうもうたる煙が一団を覆う。
 そこへ大刀を振りかざして一之丞が飛び込みざま太刀を右へ左へ振り払う。
 どよめき。喉を振り絞った叫び声が一角に挙がる。
 「やそ」も同時に、正面から飛び込む。
 肩口に叩きつけてきた太刀を苦もなく鉄板を巻いた左腕で払い、手槍を胸板へ刺し通してそのまま右へ振り飛ばす。
 槍を抜きながら、もう一人の胸板を突く、左へ払い。踏み込んで、もう一人。
 雷が鳴って光るほどの間に五人が道辺に蹲っている。
 一之丞とは反対方向の横合いから与助が切り込んでいる。
 何が起こったのか判らぬまま呆然と佇む輩に次助が丸太様の棒で足を薙ぎ、胴を払い、打ち据える。
 半刻の後。
 うめく者、泣く者、這う者を容赦なく次助達が街道脇の草むらへ蹴転がした。
 段の違い。
 野党共にとって、あまりにも相手が悪すぎたのである。
 信長が使わした精鋭の何万もの軍勢にひるむことなく一泡も二泡も吹かした連中である。 生きて逃げ延びた何人かがいただけまだまし。
 という結果であった。
 陽のあるうちに彦根の宿に着く。
 馴染みの旅籠の裏庭に大八車を据え、見張り番を配置して、次助が旅籠の飯間に入ると。くつろいだ着流し姿の「やそ」が湯をすすっていた。
 次助を視て、にっと笑いかけてきた。
 次助は何故か一瞬ぞくっと寒気がし、胴震いが起きた。
 先程みた、阿修羅のような「やそ」と、この人なつこい笑顔との違和感が、いまだ奮ぶっている次助の心のどこかを突いてくる。
 畏怖した。
 次助が始めて知る、心の動きであった。
 「与助と一之丞はご用でどこぞへ消えたわ、儂は山科まで一緒に行って、後は於丸に逢いにいくよ」
 京の町は二度目であった。
 半蔵に伴われて一月あまり滞在したことがあり、多少道筋は解っていた。
 北野天満宮のあたり、伊賀の物産を商う山村宋五郎の門を叩く。
 小僧がい出て。
 「服部八十一と申す、宋五郎殿にお会いしたい」
 「はい、伺っております。お入りやす」
 伊賀の血筋をひくもので、「やそ」の名をしらぬ者はいない。
 半蔵からくれぐれも人に布れるなとの達しがなされてはいるがいつの間にか流布され、伊賀者本流の誇りたかき勇者として物語られ、伊賀贔屓のものらに大事に遇される。
 宋五郎、六十。
 みかけは、いかにも京商人である。
 「おお、立派になられましたな、この前、半蔵様と来られたときは、ほんに子供でしたが、こんなにたくましゅうおちつかはりまして、半蔵様の自慢顔が目に浮かびますわ」
 「なんやぁ、まぁ、伊吹山に巣くう野党を退治しなさったと、伊賀飛脚のもんがさっきにいうとりました」
 「そうですか、儂ごときは、ちょと手助けしただけですわ、こもりの次助いうもんがよう働きまして」
「宋五郎さまにお聞きしたいのですがなぁ、於丸の消息をなんぞ知りませんかな」
 「於丸はんどすか、知っておりますとも。於丸はんは人気者どす。特におなごはんに人気がありましてな」
 「今も、大きなお琴の会のお師匠はんに請われましてな、お琴と笛の合奏するいうこって、御所の近くのお屋敷に住み込んでいやはります。仰山のお弟子さんがおられる。小杉流の藤子はんいうお師匠はんです。うちとこも懇意にさせてもろうてますよってに、「やそ一はんがここにおるいうて、若いもんにでも挨拶させときまひょう」
 その於丸である。
 信長の将、明智佐馬之助太夫光秀の口利きで小杉流家元、藤子と合奏したのが縁で小笛を教授することになった。
 藤子とは。小杉流三代目小杉隆徳が五年ほど前に六十で死ぬ。死ぬ一年前に、それまで内弟子であった藤子を正妻に迎えた。
 「東塔の宮」の末娘であった藤子は幼くして音曲に秀で、十五歳のとき小杉隆徳に弟子入り。二十歳までの五年のあいだに隆徳が弾く全ての曲を覚えたという。
 隆徳ですら忘れた曲も即座に空で弾けるという。
 小杉流は四季折々の天然自然の様を、一曲のなかで表現する、したがって長い曲であると、間に休みを取りながらではあるが、一曲に三日間ついやすものもある。
 普段は春の部、夏の部とかに区切って演奏される。
 隆徳の秘蔵っ子として寵せられ藤子は、琴一筋、小杉流一筋に生きてきて、隆徳亡き後も実力ある四代目の家元として名が高い。
 五十五歳。
 広い屋敷である。毎日二、三十人の子女が琴を習いに訪れる。
 藤子はいまは、月のうち、一日か二日ぐらいしか教習場に出ない。
 師範が二人。
 住み込みで藤子の身の回りの世話もする内弟子が六人。
 印可を受けた者だけでも全国に百は下るまいといわれる名門である。
 奥の間で藤子が琴を奏する。
 於丸が目を閉じ聞き入る。深まりいく秋の寂しさを表する、高い調子ながらゆったりと音を抑えて気を噛みしめるように。
 於丸の笛が入る。
 一筋長く、高く。琴の音をあたかも切り裂くように、そして変幻する。
 尾長鳥、つぐみ、鶺鴒。鳥どもの鳴きまねの如くに。
 いつの間にか減り張りをなくして藤子の音に入っていく。
 寸分違わぬ音の流れをしばらくは続け、空と雲ほどの違い、山と川ほどの違い、男と女の違いほどに別れていく。
 藤子もいまでは於丸の息が解り、ときに引き、ときに立つ自由さを会得した。
 一刻の後、大好きな「秋の小花」と藤子が題した曲の序の部分を終えた。
 ぐったりと疲れた、躯の芯がぬけたようで、このままここに横たわりたかった。
 気が翻弄されたようにおもえた。
 この美しい若者が得体の知れぬ魔の者のように思えた。
 合奏するたびに自分のなかの自信めいたものが確実に壊されていく。
 魔が、胸を掴み、腹に入り、女陰をしとどに濡らす。
 厠に立ちたかったが腰がぬけたようで、立つことがかなわぬとおもえた。
 どこか、隆徳と交ぐわったあとの気怠さににていた。あのことが妙にしつこかった隆徳には、ときには怖気が起きたこともあったが、女の性なのか反応する自分に恥じいったものだ。
 今は五十の半ばである。女を仕舞えたと思い込んでいた。
 藤子は於丸に恋した。於丸に触れたかった、触れられたかった。
 横たわった藤子の背を、於丸が優しく撫でる。
 於丸は想いが読める。
 天真のやさしさがそのおもいに答えようとする。
 張りも艶もなくした肌ではあったが白く柔らかな太り肉の躯が、於丸の掌に応える。
 着物を剥ぎ、腰のものも剥ぎ、素肌に剥いた藤子を於丸が撫でていく。
 わずかに汗ばんだ背を尻を、胸を腹を。
 小水を漏らしたごとく濡れそぼった女陰にも指を入れ優しく刺激する。
 声をあげる藤子。於丸に組み付き、身を揉むように裸身を擦りつける。
 口を吸う。藤子のなすがまま、於丸を素裸に剥いて、狂おしげに胸を合わせる藤子。
 均整のとれた躯、肌理細やかな白い肌、筋肉の張り。
 凛々しく屹立する摩羅。
 藤子を組み敷き、そっと女陰に合わせる、
 藤子はその瞬間、魔のものが入って来た、と思った。
 失神した。
 目覚めたとき、まだ於丸が上にいた。
 一瞬の失神であったのかと気づいた。
 於丸が目の奥を覗き微笑んだようにみえた。
 於丸が蠢く。
 またしても快感がきた。
 五十五になって始めて知る、躯のうちからこみ上げてくる疼きにも似た快感であった。 於丸が愛おしい、このままずっと抱き止めておきたい。
 狂っていく自分がみえる。狂ってもいい。
 於丸は人が好きである。人の肌の温もりに触れていたい。
 心の動きようがおもしろい。
 伊賀者のなかでも異端の毒役というお家芸を身につけ、人の生死の分かれ目に何度も立ち会ってきた。死ぬことになんの感興も持ってはならじ、と教え込まれ、そう気構えてきた。
 無理がある。
 儂には無理がある。なんとのう、そう思う。儂は病い人だ。そう思っている。
 気狂いしないのは、唯一、同じような心の有り様を知る、童しのころより助け合ってきた、「やそ」や若衆連がいつも何処かに居る。儂を知る、強い「やそ」がどこかに居る。
 そう、思うことが於丸を生かしている。
 藤子は眠ってはいなかった。長いひとときであった。躯が動かないのである、
 (於丸殿が汗を拭うてくれてはる)
 と知れども起きあがれない、丹念に慈しむ手動きで全身を拭う、女陰の潤いも躊躇う様もなく拭うてくれる。
 (こんな男はんが世にいてるもんやろか、もしかしたら、歓喜菩薩さんと違うやろか) 眠りに落ちる朦朧とした頭でそうおもった。
 嵯峨野にある公家の別邸を借り受け、明智太夫光秀が後援する小杉流家元、藤子の演奏会である。
 「秋琴の夕」と銘うたれた、藤子と於丸の合奏会であった。
 光秀は藤子の琴の調べを愛でていた。
 いつ聞いても寸分の狂いもなく、凛たる格調で聞く者を圧倒していく。
 (今日の藤子は違うている。やはり女性であったか、於丸の笛に従うているに聞こゆる。 姿にも色気さえ感ずる。於丸の小笛は魔性の笛か。こころの内をとろけさす。魔性にしてもなんと優しきなんとはかなげな魔性よのう)
 三十人は居ならぶ大座敷、しわぶき一つなく聞き入っている。
 変幻を表する琴の調べに自在に出入りする笛の音。
 技を超えた息の合いが聴く者に伝わってくる。ときに違和を表する笛の音が新鮮な風にたとえて肌に吹く。高まっていく悍を笛が癒していく。
 やがて琴の音が止まり、小笛だけが啾々とうたう。
 人の胸の内の哀しげなことどもをいやがうえでも思い起こす、於丸の泣かせの音である。 鼻をすするもの、耐えきれず、嗚咽する者。光秀とて目頭をおさえ鼻をすする。
 宴が催されている。光秀子飼いのお小姓連が接待にはげむ。
 「藤子よ、於丸よ、よき音色であったぞよ。よう息もあって、つい、儂も涙したわ。ずいぶんと稽古に励んだとみゆる、客の方々も殊のほか満悦のよし、この光秀もよき心持ちであるわい」
 「太夫さまには、いつもながらのお心遣い、ありがたいことやおもうてます。太夫さまのお計らいで、於丸どのと知り合うて、この度の合奏が出来やした、うれしゅうにおもてます。うちも始めてのことどすよってに、なんや高ぶってしもうて、見苦しいことなんぞありまへんでしたか」
 「なんの、そなたのたかぶりが儂にも聞こえてきてなぁ、奔放な於丸に負けまいと本統を弾くそなたがいじらくも想えて、見事な掛け合いであったわ、それにしても於丸の笛は魔物じゃのう、みな泣いていたわい、儂もつい。安土のお方に聴かせてやりたいとおもうたわ。風雅には疎いお方ゆえ、きっと慈しんでくれるよのう」
 「明智様にそのようにいわれますとうれしくおもいます。仰せでありますれば、たとえご禁裏の方々の御前でも安土のお強わ者の御前でも、於丸は喜んでまいりますゆえ、よいようにおはからいくださいませ」
信長に会いたい、と想った。会って首筋にひと矢、伊賀者の怒りを打ち込みたい。
 念ずるように想った。白い端正な顔に朱がさした。
 (なんとまぁ、美しい顔よのう)
 (於丸どののお美しいこと)
 ふたり同時に於丸を注視し、見惚れるように呆然と眺めいる。
 宴の半ばで辞してきた。「やそ」に逢える。どうしても早足になっていく。
 宋五郎の屋敷。
 奥の深い造り、案内されて通ると燭台をかざして、「やそ」が立っていた。
 笑っている。
 「健吾かい、於丸」
 「はい、「やそ」さまも」
 「おおさ、この通りじゃわ」
 於丸を抱えるように奥の間に入る。大男が座していた。
 「喜一が弟の次助じゃわ、こもりに居ってのう、一緒に荷はこびしてきたんじゃ」
 「於丸です。喜一兄には童しの頃よりようおぶってもろうた、大っきな背中が牛のようで力強かったわ。その喜一よりも次助は大っきいのう」
 喜一は、於丸を視て、その美しさに気圧された。
 目の形、鼻、口、肌の色艶、均整のとれた美しさ、男でもおなごでもない、始めてみる珍奇な花の精のようにおもえた。
 同時に自分の中の本能がしきりに信号を送ってくる。近づくな、近づくと危ないと。
 ふわりと隣に於丸が座り、鼓動が高まってくる。
 「次助よ、於丸は綺麗じゃろう、心配いらんぞ、みな、於丸の美しさにいぶかしゅうに思うらしいがの、これは術よ。ほんまはのう、誰よりも優しい若衆やぞ。膳所丸様いうての、於丸の祖父さまが居られて、このお方が死ぬるまで美しい人やってのう、おとこかおなごか見分けのつかんお方やった」
 「於丸はこのお方から技を教えてもうたんさ、薬草のことは知らんことはなかった、半蔵様も教えてもろうとったぐらいじゃ。紅や白粉、塗り油や香のこと、手踊りや笛も膳所丸さまのおしこみや。於丸は滅多にいない素質やと膳所丸さまがいうとったは」
 於丸は優しげな笑みを浮かべてうなづいている。
 「於丸は他にも儂らのおよばん人の心をとろけさす不思議な術をよう知っとろうが、ほんまの於丸は儂らの誰よりも心根の優しい男やおもう」
 於丸は十六の折、膳所丸の計らいで、人知れず性道の修行に入っている。
 男の道、おなごの道。
 考え得るかぎりの交ぐ合いの方法を二年の間、膳所丸が仕切っているいわゆる「川原者」の中で教え込まれている。
 修行を終えて、於丸が伊賀へ帰ってきた日に「やそ」が呼ばれて、二人を前に膳所丸が諭した。
 術には陽と陰がある。「やそ」は陽を良くし、於丸は陰を手とする。
 「やそ」の得意は於丸が不得手で於丸の得意は「やそ」には出来ぬ。必ずや二人が力を合わせねばできぬ時が来る故、その時は躊躇なく合力せよ。
 と告げた。
 宋五郎が娘に菓子を持たせて部屋に入ってきて。
「話が弾んでおりますかな、伊賀の若衆連とこもりの仁王殿とを、こうして目のあたりにしますと、ほんに心強いかぎりですわ、菓子など食ろうて一服なせれまし」
 娘が、於丸を眺めて目を奪われている。
 「これこれ、「和歌」はん、お客さまをほないに見つめるもんやおまへんえ、於丸はんは綺麗によって、まぁ仕方ありまへんけどな」
 「それは、そうと、次助はんは帰り荷が揃うてからこもりに帰らはるいうことやけど、「やそ」はんは、どうしますのや」
 「儂はあした、於丸を誘のうて京の都でも案内してもらおう考えてます。じいさまと八重になんぞ土産を買うて帰ろかと」
 「よろしゅうおすなあ、於丸はんは、京にくわしゅうおすやろから、どこぞ面白いとこでも連れてもうたらよろし。ほなら、隣に床をのべておきますよってに積もる話に飽いたらお三人で寝てください」
 夜明けちかくまでたわいのない話で起きていた。於丸と共に行った、自然薯堀やあけび採り、栗や胡桃拾いのはなし。
 次助が猪を丸太で喰らわして、昏倒したところを喉を掻ききり、しし鍋にして喰ろうたはなし。青梅を喰ろうて腹を下したはなし。
 次助が少し微睡んだだけで夜明けとともにでかけた。
 じいさまと八重にと反物を購った。
 都は信長に連なる兵士達が目立っていた。
 加賀の国から出張ってきて安土に向かう柴田権六勝家の家臣団が駐屯していた。
 「やそ」と於丸は目立たぬようにと小路の隅を通るのだが、於丸の姿や眉目が京のまち衆の注目をどうしても浴びてしまう。
 奇異な目で覗きこむように視る兵士たちを於丸は笑って軽くいなしていく。
 (やっかいじゃのう)
 「やそ」は思った。それでも、於丸が笑顔を向けると、兵士も気が晴れるのか、それ以上に絡んでこないのが妙であった。
 東大寺のあたりに於丸が知る旅籠があり、美味しい煮浸しを喰らわすと評判ゆえ、行くことにする。
 部屋に通り、亭主の辞儀をうけて、濁り酒をすすりながら、氷魚を柔らかく煮たものや、芋やら豆やら昆布やらのはいった椀をつついていると。
 婦が、一人、二人と於丸の許へ訪ねてきて、酌をしだした。
 動きもしないので、いつのまにか五人、六人にふくれあがり、於丸に触れたり、下卑た戯れを言ったりで嬌声を挙げだした。
 いきなり、隣との境の襖が左右に開かれ。
 「そこな人、婦の独り占めはちと困り申すぞ、われら、むさい漢どもばかりで飽き申したわい。折角慰めにと出かけてきたのに、婦が一人も居ないになってしもうて間がもてぬわ、お見かけしたところ、若い衆らしいが、二、三人こちらへ回してくれや」
 「これは、これは、おさむらいさま、とんだことになりましたな、おねえさま方も油売りがすぎまするよ。儂らは二人でさっさと喰らうていにまするからおさむらいさまのお相手方お頼みいたします」
 於丸が如才なげにいう。
 婦が散り、酌を努めだした。
 「わかい人よ、重ね重ねの無礼を承知でお頼み申すが、聞いたところによると、そなたは、笛の名手とのこと、在所への土産話にわれ等も聴きたいとおもう。此処で知り合うたのも何かの縁、是非にとは申さぬが、願いできませぬかな」
 「ははあ、困りましたな、今日は、童のころの友と久方振りにでおうて、積もる話の続きでもとおもうておりましたが」
 といいつつ、「やそ」を見やると、笑ってうなずいている。
 「わかりました。拙い笛ですが、土産になりますれば、ひと吹きでもいたしましょうか。陽のあるうちでもありますれば、猿囃子でも」
 錦織の袋から、赤漆で塗られた小笛を取り出し。小気味いい小刻みの調子でいまにも小猿が手踊りしそうな音を奏でだした。
 婦達が手拍子を打つ。漢がひとり、尻端折りして立ち上がり、剽軽に尻を突きだし、腰を曲げて、蛸おどりよろしく調子に合わせて左右の手をひらひらさせる。
 場がいっきに盛り上がる。
 皆わらい、手拍子を打つ。
 「やそ」だけははずれて、にんまり笑い、
 (於丸はたいしたもんじゃわ)と思った。
 帰るという「やそ」を追って於丸がついてきた。
 「於丸よ、無理押しするでないぞよ、困りごとがあったら、儂らはいつでもかけつけるによってに、いうてこい。於丸が死にでもしたら、儂らは悲しいに」
 「「やそ」さま、於丸は滅多に死にませぬ、荒事ばかりの「やそ」さまの方こそ心配です、於丸の支えは伊賀の若衆連ゆえに、なにかあったらかならず知らせまする。

ー二部につづくー