問わず語り
 

あそびっ子

 昭和三十一年ごろの名古屋での主要な交通機関といえば路面電車であった。縦横に敷設してあったが、電車から電車へ移行する手段は殆どのひとが歩いていた。自転車も勿論あったが、商用自転車が主だったようだ。大きな荷物をリヤカーに載せ自転車に連結して走っている姿を覚えている。自動車が一般に普及しだしたのは4、5年も先のことだった。
 現在のように道という道に車が入ってくるということはなかったので、脇の道で遊ぶ子供達の姿をよく目にしたものだ。子供達が道で蹲っていても腹ばっていてもたまに自転車が通るぐらいで、たいして邪魔にもならなかった。
 そして、子供が群れているところでは道路あそびとでもいう「あそびかた」があって、ひとつのあそびかたが流行ると風疹のようにあっちの町筋でもこっちの町筋でも同じあそびがなされていた。
 究極の遊びっ子であったわたしは、学校から帰ってくるとすぐにカバンを放りだしては近所の町筋に遊びに飛び出した、遊びを捜して、あっちこっちの町筋をトンボのようにさまよったものだ。あの頃、どんな遊びがあったのか、つたない記憶をたどってみようとおもう。


「メンコ」
 わたしの育った、大須界隈では「メンコ」とはいわず「しょうや」といった。どんな文字をあてるのかは知らないが「メンコ」が丸ぱんの絵札であるにたいして「しょうや」は角ぱんの絵札である。遊び方の「基本」はたぶん同じだろうとおもうが、札を手に持って勢いよく地に叩きつけ、風力をおこして地に置いてあった札をひっくり返すあの遊び方だ。バリエーションとそれにともなうルールがいろいろあって、そこのところは、地方、地域によって違っているのだろう。
 大須あたりでは、単にひっくり返すゲーム名を子供達は「あぶち」と呼んでいた。「もんしゅう」と云う聞きなれない呼称のゲームルールもあった。10枚、20枚、ときには100枚もの札を出し合い、山に積んで置く。交代で手札を「あぶって」(叩きつけて)札の山の中から、二枚の札を離れさせ、なお、その二枚の札を裏と表にして、交差させると出し合った全部の札が貰えるという、かなりバクチ的で技術も要求される高度なゲームだった。大きな勝負が始まると周りの子供らがみな寄ってきて興奮して観戦したものだ。同じようなコンセプトのゲームで「抜き」と呼んでいる遊び方もあった。これは、互いに出し合い、山にするまでは一緒だが、手札の扱い方が違う。札を「あぶつ」のではなく、側面や角が当たるように札を飛ばし、山をつき崩して、あらかじめ決めておいた鬼札を単独に抜き出せば勝ちである。他にも色々考えだされてあったが、このふたつが特に人気のある遊び方であった。子供らに得手不得手があって、わたしはどちらかというと「抜き」のほうが得意だったと記憶している。
 一挙に札もちになったり、手札一枚の丸裸になったりの天国と地獄を子供ごころにも味わった。  女の子達はこの遊びには加わらず、ゴムかけやお手玉、ささら返し、さいころ取りといった手技のあそびをもっぱらしていた。
 男女が共にあそぶということは町筋ではあまりしなかったが、かくれんぼにひとつあじつけをした「カン蹴り」というあそびを共にしたようだ。

「ビー玉」
 関東方面で呼ばれるビー玉もビー玉とはいわず「かっちん玉」と云っていた。三種類ほどの遊び方を覚えている。ひとつは単純に手玉のあてっこである。只、足の縦幅以下に玉どうしが近寄ると、寄せられた「がわ」の子が手玉を取ってまっすぐに立ち、目の位置から玉を落として相手の玉にあてるという特別ルールが付加されていた。もちろんあたればその玉はあてた子のモノである。あと、土の地面に四角い枠を描いておき、5個、10個と玉を出し合って、描いた枠に入れておく。交互に手玉を投げて枠の中の玉をはじき出す。はじきだした玉は貰いだ。もし、手玉が枠内に止まったりしたら悲劇になる。相手の総取りになってしまうからだ。
 あとひとつはパチンコと呼んでいた「かっちん玉」ゲームがあった。あの鉄玉をはじくパチンコからヒントを得て誰かが考えだしたのだろう。これは、地面に杯ほどの穴をランダムにいくつか開けておき、玉を親指と人差し指で挟んでおいて、穴の中へ順番に「すべり飛ばす」というゲームだった。結構集中して流行ったがいっときのものだったようだ。

「コマ」

 わたしは関東の方がよく言われる「ベーゴマ」というコマあそびは見たこともやったこともない。大須界隈で流行っていたコマは鉄鋳物か真鍮鋳物で作られていたコマであった。わたし達は真鍮のコマが気にいっていた。心棒が別誂えで差し込まれてあり先が尖らされてあった。コマ紐をぐるぐる巻いてから勢いよく戻し伸ばして廻すいわゆるコマまわしなのだが、紐が伸びきる手前で引き戻して、手に乗せたり、何かの蓋に受けてまわし、鬼ごっこなどをした。どれだけ小さな物に受けて廻せるか技を競いあったりもした。
 どんな世界でも名人と呼べる子供がいるもので、町筋の子供連のなかにも噂になるほどのコマ名人がいた。わたしより二つ年上の「まさ」と呼ばれる子供だった。弟がいて、彼は「しげぞう」と呼ばれていた。「しげぞう」はわたしと同級で、うまのあう遊び友達だった。「しげぞう」とコマであそんでいると「まさ」がやってきて「これができるか」といい。わたしのコマを取り上げると、「コマヨーヨー」という技をやりだした。コマを横に寝かせて紐に添わせ、心棒を指で弾いてから、ヨーヨーのごとく紐を操って横向きにコマを廻しつづけるのである。なおかつ、コマを放り投げては紐で受けとめ何度も何度も繰り返すのである。失敗などしない。ほうっておけば、一時間でもやっていそうに思えた。(あとで試みてみたが、とてもできなかった)よその町筋でもやっている子をみかけたが「まさ」のような鮮やかな手さばきではなかった、天と地ほどの腕の差があった。



 「ゆうちゃん「しょうや」やろううよ」
 ある日、祐二がいつものように馴染んだ町内で遊んでいると声がかかった。
 きょういちばんの大勝負に勝ち、一息いれていたところにである。ズボンの左右のポケットにはこのあたりでは「しょうや」といっている角型のメンコ札がぎっしり 入っている。(生半可な勝負なんかしたくない)と思っていたが
 「どんだけ、もっとるの」と聞いた。
 「こんだけ」と見せた呉服屋のみつるちゃんの両手には新品の「しょうや札」が三十枚ほど載っていた。
 みつるちゃんは、この横町にくることは滅多になかったがこの二、三日、よくみかけた。
 あそびっ子の祐二と違って、みつるちゃんは勉強する子であった。小学校5年生だから、ひとつ年下でもあるし、朝、分団で通学するとき以外は話しをしたこともなかった。
 「もんしゅうと抜きとどっちがやりたいの」
 祐二は新品の札に目がくらんでその気になってきた。
 「抜きがやりたい」とみつる
 「やりかた、しっとる?」
 「うん、見とったから覚えた」
 祐二はこのあたりでは、腕利きだとひそかに自負している。手慣れた連中と何度も競って(ときには負けるが最後は俺が勝つんだ)と思っていた。(弱いもんいじめで、なんかいやだな)とも思っていた。
 「そんなら、やろか。何枚だすの」
 「こんだけ、全部」
 「全部出すの、ええの」
 「うん」
 「わかった、そんならおれが抜き札だすわ」といい、胸のポケットから大事そうに絵札を取り出した。アメリカ映画の三銃士の主人公でダルタニヤン(エロールフリン)の肖像が描かれた青い札だった。共に計って出し合った札の真ん中あたりに抜き札を入れて、勝負が始まった。
 祐二は大胆に札の山を崩していく。みつるちゃんは作戦を考えてきたらしく、抜き札から離れたあたりを不器用な手つきでつっついているばかりだ。絶好の機会が訪れるまで耐えて待つ作戦のようだ。(こいつ、ずるいやっちゃ。そんなこっちゃ俺には勝てんぞ、うじうじ、じみにばっかりしとると俺がすぱっと抜いてしまうぞ、なんにも勝負せんと負ける奴はあとで泣く奴なんだ、みつるちゃんもきっとそういう奴だ)と思っていた。
 祐二は、隠し札を持っていた。溶かしたロウソクをたっぷりと塗り込んだ、とっておきの札だ。ここ一番で使うようにと胸のポケットのおくにしまってある。家で何度も何度も練習しその札のパワーを確かめてあった。「抜き」はだるま落としの要領だ。ちょっとでもはみだした札に手札を当てると、当てられた札が飛び出す。手札が重ければ重いほど固ければ固いほど当然威力が増す。蝋ぬりの札は並の札の数倍の威力があった。
 勝負が進み、山が「だいぶ」うすくなってきた。抜き札が「ちらり」と顔を見せてきた。ほとんどが祐二の労だった。
 (もうちょっとかな、手札をうちこむ隙がもうちょっとできたら、勝負をかけてやる。みつるちゃんが考えてるような、誰でもが抜ける姿になる前に目のさめるような手際で抜いてやるわ)と思っていた。
 (いまだっ!今度の番でやってやる。みつるちゃんもなんだか落ち着かんようだし、そろそろだと思い始めたかなぁ)
 胸ポケットからとっておきの切り札をそっと取り出した。つるりとしたロウソクの手触りを確かめ、隙を覗いてみた(やれるぞ)と思った。
 狙いをさだめ、腕の振りを少なく、手首のスナップを僅かに利かして、コツンと抜き札の角に当てた。スパッと一枚だけ鮮やかに札が飛び出していき「はらり」と地面に落ちた。「ダルタニアン」の顔が笑っていた。
 「みつるちゃんの負けやな、5枚だけ返したるから、どっかで、だれかとやって、元を取り戻してこいっ」と祐二は云い、札をかき集めて、ポケットにねじこんだ。
 いまにも泣き出しそうなみつるちゃんの顔を見るのがつらくて、そうそうに場を離れていった。
 
  夕暮れになり、お腹もすいてきたので、家に帰ることにした。ポケットもぱんぱんに膨らんでいるし、きょうの一日の充実を噛みしめて浮き立つような気分だった。
 「ただいま、腹へった」と云って、土間に入ると。
 「祐二。おまえは、みつるちゃんの「しょうや札」を盗ったんかぁ」と母ちゃんの大声がした。
 「母ちゃん、盗ったんと違うぞ、勝負で勝ったんだぁ」
 「そんでも、みつるちゃんのお母さんがいいにきたわ、みつるちゃんが買ったばっかりの「しょうや札」を全部おまえに盗られたいって、泣いて帰ってきたそうだ。ポケットの札全部出して見やぁ」という。
 しぶしぶ出すと、
 「ようけ持っとるがぁ。半分返してやりゃあ」といって、取り上げられてしまった。
 「いかん、いかん。それは俺のだ」といっても、母ちゃんはしらん顔で外へ出ていってしまった。
 自分の部屋へ入り、残った札を確かめてみると、大事な「ダルタニアンのエロールフリン」がなかった。


 
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