問わず語り
 

毒魚

 沿海に住まう毒のある魚といえばまず浮かぶのは「フグ」でしょう。
 「フグ」の毒は「テトロドドキシン」といって、卵巣、肝臓、睾丸、腸にあり、種類によっては皮もあぶない。肉そのものは無毒だが内蔵の毒素がくっついてくるから料理する人は大量 の水を使ってきれいに洗いながすという。
 敬愛する「カムイ伝」の作者、白土三平さんが「野外手帳」という本の中で「ショウサイフグ」にあたった体験を書かれている。みそ汁のだしに皮と肝を使ったらしく、食後三十分で指先、唇、舌がシビレだし、喉に指をつっこんで食べ物を吐き出し、水を飲んで寝ていた。
 吐き気とか下痢はなく、起きると気持ちが悪くなるので寝てるしかなかった。 三日間寝ていて、小用に歩くと足裏の感覚がなく雲の上を歩くようだったと書かれている。 軽症の部類なのでしょう。よかった、よかった。
  重症になると、意識朦朧、血圧が降下し、呼吸困難に陥り絶命するとモノの本に書かれてある。確実な解毒剤はなく胃の洗浄と人工呼吸などの対処療法があるだけという。
 フグの仲間で無毒なフグもいる。サバフグと呼んでいる。背の模様が鯖と似ていて、舟のかんこ(水槽)に入れて上から覗くとまったく鯖に見える。フグにしては身が柔らかく、肌理もあらい。釣れると三枚に下ろして干物か唐揚げにしてよく食べている。
 三十センチほどのサバフグを釣り上げ、針をはずして、「かんこ」に入れようとなにげなく魚の口元に指を持っていったところ、がぶりと噛みつかれたことがある。すごい顎力だ、ペンチかヤットコで力いっぱい挟まれたようだった。びっくりして指を振ったところ、さいわいすぐはずれたので大事にはいたらなかったが、それでも歯が指の肉に数ミリくい込んだ痕があり、出血していた。下手したら指の先を囓り取られたかもしれないと思わせるほどの顎力だった。
 ふぐ毒ほどは恐ろしくはないが、毒をもつといわれる魚はほかにもいる。
 ゴンズイ。オコゼ、アイゴ、電気エイなどだ。そのなかでも、

 「アイゴ」のことは意外に紹介されていない。舟釣りをしていると季節によってよく掛かってくる魚だ。幅広の二、三十センチほどのくすんだ色の魚で、ぐいぐいとよく引く。船頭さんがついていれば必ず注意してくれるが。背鰭と腹鰭に毒があるという、幸いにも私は刺されたことはないので、残念ながら(変な言い方)経験談は語れないが、面 白いのは、お腹を裂くと、まったくウンコそのものが巻き巻きのかたちで必ず入っていることだ。そして臭い。家へ持ち帰るときは海で巻き巻きを処理することをお薦めしたい。処理をせずに持ち帰ってきてしまったときは、くれぐれも巻き巻きを突っつかないように、そっと取り出し、ビニール袋に厳重につつんで早々に処分したほうが為だとおもう。身のほうはというと、カワハギとアイナメを足して二で割ったような、と言えばわかってもらえるだろうか、刺身にしても煮付けにしてもおいしく食べられる。見栄えもわるいし、毒があるということで釣り人は喜ばないが、一度食べてみると殆どの人がおいしいと云う。(背鰭と腹鰭を料理鋏等で切ってから料理すること)

 「ゴンズイ」は(海のなまず)といわれ、茶黒い体色で白いラインが通っているが、川のなまずとそっくりそのまま、もちろんひげもある。 白土さんも「野外手帳」のなかで紹介しておられたが、房総方面ではよく食されているのだろうか。
 名古屋近辺の釣り人で食べたという人にはなかなかお目にかかれない。背びれと胸びれに太い針が隠れていて、誤って刺すと一日中痛むと聞いた。
 小さい頃、鳥羽の海で磯遊びをしていると、ゴンズイの幼魚が群れになって泳ぐ様をみかける。黒っぽいので、まるで大きな魚の影のようにみえた。手拭いの片側を細い棒に縛り、網のようにして掬くったものだ。傍で監視していた叔母が、
「あいらぁ「ゴズ」やき捕ってぇ、刺されるよってに放したりぃ」と甲高い大声で叫んでいたのを思い出す。
鳥羽のあたりでは「ゴンズイ」を「ゴズ」と呼び慣わしている。好んでは食さないが、夜釣りでたまたま釣れて数が揃えば味噌仕立てにして食べているようだ、きれいな白身で淡泊な味だったことを覚えている。

   「オコゼ」鍋にしたり、唐揚げにできるようなオコゼは今のところ釣ったことはないが、キスつりの外道で、七、八センチの「ヒオコゼ」は何度も釣ったことがある。カサゴとそっくりなので、おもわず手の平で受けそうになるが、カサゴより派手やかなので思い止まれる。
僅かに触れただけで、カミソリのような鋭いとげで皮膚を切られたことがあり、じくじく、うじうじと半日も痛んだ記憶がある。当然深く刺さればささるほど痛みも痛む長さも増すことだろう。

 ここに、小学館出版の「野外手帳」著者:白土三平さんの一節を載せたい。

 「饅頭でもいたんでいれば中毒をおこすし、公害食品も知らないで食べているのである。散布した農薬に汚染されたシメジを食べて倒れた例もある。まして有毒とわかっていてたばこを吸い続けている我々である。  フグだけにいわれのない憎しみと恐怖心をいだくのは自然を愛する心に反するものである。自然は風景として眺めるものでなくじかにふれ、他のものの存在を確かめ、そこから学び、己の正体を知るものである」

 

 
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