問わず語り
 

かほり

 私の住んで居る集合住宅の植え込みに月桂樹の若木が幾本もつかわれていて、時々こっそりと葉をむしっては香りを楽しんでいる。
 月桂樹はオリンピアの勝者が戴く冠としてよく知られている。不勉強でよくは知らないが、ギリシャ神話の故事からきた習わしのようだ。昔々は霊感と詩的情熱を与える樹とされ、その冠は最高の詩人に与えられたという。
 月桂樹の香りを匂ぐと、なつかしいような、優しい芳香が、僅かにだが、しかしはっきりと漂ってくる。(「かおり」を表現するのがむずかしい)

 ある夏の日、長歩きで疲れた旅人が、途中みつけた大きな木の陰で一息入れていた。ぬ るくなった水をのみ、投げ出した足をさすっていると、駒鳥が一羽、なにかの葉を一枚くわえて、ちょこちょこと旅人に近づいてきた。小首を傾げる仕草をして、足先に葉を落としていった。不審におもって、葉を拾い鼻にあてると。なんとも優しい香りがする、月桂樹の葉であった。
 旅人は駒鳥のこころを知り、元気に旅をつづけたという。

 いい香りというのは、人の心を和らげる。
 戦国の武将、織田信長も「香」が好きだったらしくて、奈良、東大寺の正倉院にある聖武天皇の遺物らしい「伽羅」の片を削りとって、ためしたといわれる。
 「伽羅」は沈香木の最高種で、ベトナムあたりの山で採れる。
 一説によると、ジンチョウゲ科の木の内にリンパ液のように樹液が集まり(黴が関係している)幾年も経て凝固したものらしいが、はっきりとは解明されていない。(現在、業者等がベトナムの山で植林し、養木の試験中と聞く)
 日本では平安時代より楽しんでいて、「香」を「きく」人々のあこがれの香りとして珍重されていた。
 香は線香として、仏式の葬儀にはかかせぬ演出品とされ一般化されたため、つい、あの香りをかぐと葬儀を連想して、嫌いな人もいると聞くが。香を愛する人達にとってはさみしいかぎりだろう。
 私は線香のかおりも好きで、枯れた杉の葉を揉んで火に入れ、悦にいっている。
 線香は杉の葉等を植物油で練って作るらしい。
 

 
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