問わず語り
 

煮込みうどんと鍋焼きうどん

 すっかり名古屋名物になった味噌煮込みうどんだが、鍋焼きうどんとの違いを、単に味噌仕立てかそうでないかの違いとおもわれている方が居られたので、名古屋人のわたしがちょっと蘊蓄(うんちく)を申し述べたい。
 鍋焼きうどんを味噌仕立てにすれば「味噌鍋焼きうどん」になりますし、味噌煮込みうどんをしょうゆ仕立てにすれば「煮込みうどん」になりますね。そういうネーミングで商っておられるうどん屋さんもおられます。味噌の「あるなし」ではありません。「はい」
 簡単にいってしまえば、煮込み用の麺には塩水が使って「なく」て鍋焼き用の麺には塩水が使って「ある」の違いなのです。
 煮込みの麺には塩水が使ってないから、火にかけた土鍋に直接生の麺を茹でることができ、茹で上がるとそのまま供することができます。
 塩水が使ってあると茹で上がってから一度水に晒さなければ塩辛いものになりますからね。  手打ちの煮込みうどんを食べますと少しどろっとしていますが、くっつかないようにとまぶした粉がそのまま入っているからです。

 ●煮込み用のうどんの製法(手打ち)
 中力粉を捏ね鉢に入れ真水を注ぎ入れ、良くこねあげます。粉と水がなじんできたら、丸く固めます。延べ板にとりだし、めっそうで、人数分に切り分けた小口の「はま」(捏ね上がったうどん粉のかたまり)にしていきます。このまま半日以上風を引かぬ ように濡れた布で包んで甕(かめ)等に入れ寝かせます。
 あとは寝かせてあった「はま」をとりだして延べ板で延ばし、うどんに切ればいい。

●鍋焼き用のうどん(手打ち)
 (特に鍋焼き用としてつくるわけではなく、うどん用を流用する)
 粉はおなじ中力粉をつかう。
 塩度数が10〜20度の塩水を使う、夏場になるほど度数をあげるが20度が上限。塩度数が上がると「大はま」が堅くなり捏ねるのに力がいるようになり、不慣れな人が塩度数の高い「大はま」をこねるとどうしても練りの足りない力不足な下手なうどんになりやすい。
 小口の「はま」にしていくのは同じだが、寝かせて熟成する時間を長くとります。二日間は寝かしたい。透明感のあるうすい黄色味を帯びてくると「あがり」だ。
 あとは延ばしにはいるわけだが、煮込み用の「はま」より二、三倍は堅く粘りがあるので、だれもが足踏であるていど延ばしておくようだ。 一枚延ばしただけで真冬でもしこたま汗をかくほどの力業である。
 注文があったら、大釜で茹で上げ(茹で上がると塩分がぬける)水で晒してから、あらかじめ火にかけてあった土鍋に入れて供する。

 以上が名古屋式の手打ちの要領だが、あくまでも知識として概略を申し述べているにすぎません。ほんとうに手打ちのうどんが打ちたければ、いまでは数すくない職人さんについて、いちいち手ほどきを受けなければ難しいと思います。
 名古屋では、とりわけ手打ちのうどんを供してくれるお店が減ってしまいました。寂しい限りですが、そんなお店をみつけられたら、贔屓にしてやってください。


 伊吹おろしと称される北風がすっかり葉のおちた銀杏の樹を揺らしている。
 午後十時をまわって冷え込みも一段ときびしく、歩道を歩く人の姿もちらほらと少なくなった。ほとんどの商店もきっちりと戸を閉めて引きこもってしまった。
 並んだ商店にはさまれて、ぼんやりとしたあかりを灯した長提灯が掛けられ、そこに大筆書きで「うどん」と表された店がある。
 いま、職人風に髪を短く刈り込み、厚手のジャンパーをはおった男が暖簾をかきわけてその店に入っていった。
 「たいしょう、熱いの一本たのんますわ、きょうはさむいねぇ、雪でもふるんかねぇ」といい、置かれてある丸い火鉢に手をかざした。
 「さむいねぇ、すぐに熱いのつけるからねぇ」と店の奥か声がした。
 「つまみに「いたわさ」でもつくってぇ、腹がへってさむうて寝られませんわ、それと、ちょっと後でええから、あっつい鍋焼きうどんもたのんますわ」
 「あいよ、鍋焼きね。兄さん、風邪でも引いたんかねぇ、声がおかしいよ」
 「そうらしいわ、熱もないし、たいしたことないおもいますが、熱いの喰って頓服でも飲んで寝たろうおもってねぇ。たいしょう、うどん屋とんぷくありますか?」
 「はいはい、ありますよ新しいのが、そこの隅に吊ったります。つい、せんだって、富山の薬やさんが換えてったばっかりのが」
 当時(昭和三十二年頃)どういうわけか、下町のうどん屋さんには、「うどん屋とんぷく」と書かれたB4版ほどの袋に入った風邪薬が置かれてあった。ばら売りで、うどんを食べたあとで一袋飲んでいく。
 「はい、鍋焼き、おまちどうさん、熱いから火傷せんようにね」
 「兄さん景気はどうかね、まともに年は越せそうかね」
 「いけませんなあ、しぶいですわ、そんでもまあ、こうして寝しなに、たいしょうとこで、一本の酒とうどんをすするぐらいはできますから「ええ」ですかね」  

 

 
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