問わず語り
 

海ほうずき

 三重県の鳥羽市から志摩半島の「さき」の方、大王崎に向かう途中に 世帯数200ばかりの村があります「本浦」といいます。わたしの母の在所です。 ちなみにいいますと「浦」の地名のおこりは、地形のかたちからきています。
(陸地が少し窪んだところ「風うら」になり、波静かなあたりの入り江)だそうです。  村のほとんどが牡蠣の養殖をしていて、叔父、叔母、従弟たちも養殖業に 従事しています。ご機嫌伺いという名目で、冬場の牡蠣のおいしい時期に出掛けていっては、この海からの贈り物を鱈腹いただいてきます。
  去年の二月のことです。 例によって叔母の家で酢牡蠣を肴に従弟たちと酒を酌み交わして、明日の早朝行く「めばる」釣りの話などで盛り上がっていたところへ 叔母が新聞紙にくるんだ物を持ち出してきました 。
  「こんなもんがあるんやけんど、名古屋の子等ら(子供)は喜ぶんかいな」と 紅で色づけした扇の形をしたおおきな「海ホオズキ」を見せてくれました。 「近頃はここらでも海藻採りをせんよってにホオズキも珍しいんやわ。 たまに網に入ってくるぐらいで、むかし、子供んころお前の姉さんが 上手に鳴らしとるん思い出してなぁ」
  「憶えてます」とわたし。
  「姉が筆箱に大事に仕舞っておりました。それを二、三コくすねて叱られた ことがありましたよ」
 「そのときのホオズキよりも大きいし形も違うようにおもえますが」
 「海ホオズキも色々あるんさ」と従弟がいう。
 「この大きいのんをホラ貝の卵やいう人もおりますが、間違いですわ、 ホラ貝に形は似てますが、大分小さい、テングニシいう巻き貝の卵嚢 ですよ。姉さんが鳴らしとったんは多分ナギナタいうとるアカニシの ほうでしょうねェ」
  と博識の従弟が教えてくれた。
 「叔母さん、ちょっと鳴らしてみてよ」とわたしがいうと
 「ばあ、 鳴らしたれや」と従弟が口添えしてくれて
 「鳴るんかいなぁ」といいつつ、ひょいと唇に挟み二、三度口を もごもごしてから、唇を尖らせるようにすると、「ぎゅっ、ぎゅっ」と カエルの鳴き声のような音がした…

 
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